コラム

日本の外食文化を消費増税が壊す

2013年05月28日(火)16時44分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔5月21日号掲載〕

 日本が民主国家である証拠の1つは、高級店か否かに関係なく、レストランの質が驚異的に高いことだ。

 日本にはミシュランの星を獲得した高級店が多数ある。だが一部の店が世界最高の味を提供していること以上に素晴らしいのは、所持金わずか700円であってもおいしいランチにありつけること。素材の新鮮さや選択肢の多さからサービスのレベルまで、どれを取っても日本は突出している。世界中の先進国を見渡しても、これほど手頃な価格で、これほど贅沢な食生活を送れる国はないだろう。

 東京・銀座のフレンチの名店エスキスのシェフ、リオネル・ベカは私にこう言った。「日本ほど、まずい食事に出合う可能性が低い国はない」

 総務省によれば、日本国内には約67万店の飲食店があり、440万人が働いている。おかげで日本の食文化は活気にあふれており、ユネスコの世界遺産(無形文化遺産)登録を目指す動きさえある。

 もっとも、レストランは飲食業界(ひいては日本社会)の氷山の一角にすぎない。飲食業界はレストランだけでなく農家や漁師などの生産者からトラック運転手、デザイナー、職人、グルメ評論家まで無数の人々がクモの巣のようにつながり合うネットワークとなり、人々に仕事を提供している。

 このネットワークの中で、とりわけ印象的なのが製氷業者の存在だ。東京では虎ノ門や新宿といった都心エリアにもいまだに製氷業者が生き残っている。飲食店に氷を納品する作業がどれほど細心の注意を要するか、利益を確保するために人件費や電気代をどれほど低く抑えなくてはならないかを想像すれば、彼らの仕事がいかに不安定で、いかに素晴らしいか分かるだろう。

 こうしたネットワークが今も生き残っている理由の1つは、外食産業への課税が最小限に抑えられている点にあると思う。日本では、800円のラーメンを頼んだ場合、客が支払う消費税はわずか40円だ。

■フランス人が外食をしない理由

 この点で日本の対極に位置するのがフランスだ。フランスはグルメの国として知られているが、多くの旅行者のイメージとは裏腹に「レストランの国」とは言い難い。

 フランス国内の飲食店数は20万軒以下で、レストランでの外食は贅沢な行為と見なされている。建設現場の作業員がそろってレストランで昼食を取る光景など考えられない。漁師が港のレストランで魚のフライや刺し身を堪能する姿も、まず見られないだろう。私の父は貧しいわけではなかったが、家族を外食に連れ出すのは年に5、6回、誰かの誕生日のときだけだった。

 フランスの外食事情が日本と大きく異なる最大の要因は、レストランで客が支払う付加価値税(消費税)が長年、19・6%という高水準だったことだ。09年に5・5%に引き下げられた(現在は7%)ものの、フランスでレストラン文化が花開くことはなく、外食は相変わらずカネの掛かる行為だと思われている。

 日本政府が進めようとしている消費税率の引き上げは、日本が誇る食文化に深刻な打撃を与えるだろう。漁師から店の客まで多くの人々がつながる飲食業界ネットワークは非常にもろい。ラーメン1杯に掛かる消費税が40円から80円に値上がりしたら、すべての労働者とすべての客に重い負担がのしかかる。彼らは既に高い電気料金やガソリン代の負担に耐えているというのに。

 そうなれば、最終的に生き残るのは高級レストランだけだろう。外食コストが上がれば、レストランは贅沢な存在に変わってしまう。日本の食文化を世界遺産に認定してほしいと願うなら、消費増税の悪夢から外食業界を守るべきだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、ロは「張り子の虎」に反発 欧州が挑発な

ワールド

プーチン氏「原発周辺への攻撃」を非難、ウクライナ原

ワールド

西側との対立、冷戦でなく「激しい」戦い ロシア外務

ワールド

スウェーデン首相、ウクライナ大統領と戦闘機供与巡り
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 5
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 6
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 7
    1日1000人が「ミリオネア」に...でも豪邸もヨットも…
  • 8
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 9
    AI就職氷河期が米Z世代を直撃している
  • 10
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 9
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 10
    琥珀に閉じ込められた「昆虫の化石」を大量発見...1…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story