コラム

フランスの働く母親に学ぶべきこと

2013年04月19日(金)16時07分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔4月9日号掲載〕

 日本政治の機能不全を端的に示すデータは出生率だろう。この数値が1.57にまで低下した90年には、新聞各紙に「1.57ショック」という見出しが躍った。一般的にショックの後には反動があるはずだが、あれから22年後の昨年の出生率は1.39と、低下傾向は続いている。

 この数値は為替レートよりはるかに重要だ。日本経済の目覚ましい成長は、20世紀における出生率の高さに下支えされたものであり、その凋落は今世紀の出生率の低さがもたらした。

 一方、私の母国フランスは高い出生率を維持することに成功している。現在の数値は2.08だ。これを支えているのは大規模な経済的サポート体制。フランスの家計向け予算はGDPの3.8%に達するが、日本は1.5%しかない。

 具体的な対策としては、長期の育児休暇や子供を持つ親への税制上の優遇措置、十分な数の託児所や保育園の設置、母親のための条件の良い非常勤の仕事などがある。フランスは日本に比べ、働く女性の権利が重視されていると言えるだろう。

 これらすべての根底には、1つの哲学がある。女性は母親であることと、自身のキャリアとの二者択一を迫られてはならない、というものだ。フランスでは「働く」と「母親」のどちらかを選ぶのではなく、「働く母親」を推奨している。企業も母親である従業員に対し、早い時間に退社することや、子供に何かあったときすぐに帰宅することを許し、産休についても特別な待遇を設けている。

 フランスでうまくいっているからといって、他国にも当てはまるとは限らない。ドイツはフランスモデルをまねようとしたが、出生率は向上しなかった。まず考えるべきなのは「働くとは何か」ではなく、「母親とは何か」だ。ドイツや日本の職場には、働く女性は母親としての役割を犠牲にするべきだとする漠然とした意識があるように見える。

 安倍晋三首相も、この問題を重視しているようだ。2月の施政方針演説では「子育てに頑張るお父さんやお母さんが、育児を取るか仕事を取るかという二者択一を迫られている現実があります」と述べた。さらに内閣府は「少子化危機突破タスクフォース」を設置して、この問題に取り組んでいる。

 女性の社会参加の向上は、経済の向上につながる。ゴールドマン・サックス証券のキャシー・マツイによれば、男女の雇用格差を解消すれば、日本のGDPは15%押し上げられる可能性があるという。

■親の生活を犠牲にしない育児

 だが政府の取り組みも十分ではない。タスクフォースで検討される幼稚園や保育所の無償化や、自治体の「婚活」イベントの支援といった方策も的確とは言えない。こうした対策で、仕事と家庭生活の両立という重荷をすべて取り去ることはできないからだ。

 まずは、日本の「母親像」の見直しという根本的な問題に取り組む必要がある。どうも日本人は、「理想の母親の姿」にとらわれ過ぎのようだ。子供のために自分を犠牲にし、生まれた子供と3年は一緒にいて、なるべく長く母乳で育て、夜は一緒に寝る......。この育児法が子供のためになるという証拠はない。一方、母親の睡眠や夫婦生活が妨げられ、仕事の効率に影響が出ることは間違いない。

 フランスの働く母親は、生後数週間で子供と一緒に寝ることをやめる。母乳をあげるのも数カ月間だけ。それだけで母親の睡眠時間は劇的に長くなり、仕事の効率も上がる。それに毎晩、子供を挟んで川の字で寝ることもないので、恋人時代のように夫婦の時間も楽しめる。

 親がバランスの取れた人生を送ったからといって、その子供が日本の子供より劣ることはない。むしろ自立心が育ち、立派なキャリアウーマンになるのではないか。日本政府もぜひ、このフランス流の子育てを参考にしてみてほしい。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:米移民の「聖域」でなくなった教会、拘束恐

ワールド

トランプ氏、NATOにロシア産原油購入停止要求 対

ワールド

中国が首脳会談要請、貿易・麻薬巡る隔たりで米は未回

ワールド

アングル:インドでリアルマネーゲーム規制、ユーザー
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story