コラム

東京の2つの顔を楽しむ「工事現場萌え」な日々

2013年01月09日(水)10時03分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

[1月2・9日号掲載]

 木曜の朝に新宿駅のホームで過ごす時間は、私にとって東京暮らしの醍醐味の1つだ。私はホームから巨大な工事現場を眺める。普通の通勤客を装っているが、実は工事を見るため早めに駅に行く。ホームから工事現場を見下ろすと、東京が生き物のように感じられるのだ。

 工事現場では作業が絶え間なく続く。都市という生き物の細胞がうごめいているかのようだ。重そうな資材が空高くつり上げられ、ゆっくりと降ろされる。巨大なダンプカーが土を運び出し、新しい資材を運び入れる。私の目の前で、新しいビルに命が吹き込まれていく。

 いつも通る場所のあちこちで、こんな都市づくりの奇跡を見るのが私は好きだ。幸い、最近の工事現場は壁に囲まれていないことも多いので、簡単に見物できる。

 観客が私だけということはほとんどない。他の工事現場ファンも言葉など口にせず、ただ静かに眺めているようだ。だが彼らが魅せられていることは、すぐに分かる。

 多くの視線を浴びているおかげで、東京の工事現場は世界に例がないほど、きれいに片付いている。工事をしている人たちの誇りは、ただ建物を建てることにあるのではない。きれいに片付いた現場で建てることが大切なのだ。

 夜になると素敵なライティングをする工事現場もあるから、夜を徹して工事を見物することもできる。工事現場がこれほど熱意とサービス精神にあふれている都市は、世界にまず見当たらない。

 あたかも1本の芝居のように、工事現場は期待とサスペンスをもたらしてくれる。完成予想図が掲げられているところもあるが、それは予告編でしかない。数週、数年と、工事現場で繰り広げられるドラマを目にするうち、当然ながら結末が知りたくてたまらなくなる。ようやく足場が取り払われると、そこにはまったく新しい生き物が現れる。

 私は次のドラマを探しにいく。詩人のエズラ・パウンドのような思いで、東京を見ている人がどれだけいるだろう。パウンドは「刷新せよ」と芸術家をたき付けた。東京はまっさらの紙のように、新たな建築の詩が書かれる時を待つ。

 だが私は、東京が見せるもう1つの顔、刷新を拒む側の顔も好きだ。東京には新しい建築プロジェクトと同じ数だけ、プロジェクトを拒む場所がある。そんな「反刷新」の場にも私は引き付けられる。

 私が注目する「反刷新」の素晴らしい例は、ある美しい寺に続く道の端にあるトタン屋根の2軒の小屋だ。寺は改装されているのに、2軒の小屋(売店と衣服修理屋)はまったく変わる気配がない。

■変化への諦念と抵抗が同居

 今のままで構わないというその頑固さは素晴らしいし、都市化の波をはね返す力には嫉妬さえ覚える。同じ場所に踏みとどまるには、新しいビルを建築するよりスタミナとエネルギーが要るだろう。

 けれども小さな立ち飲み屋や商店や木造家屋を見るたび、私の心はざわつく。やがて消えていくことが分かるからだ。古い建物の多くはかなりガタがきており、解体してトラックで運び去るのに半日もかからないだろう。だから取り壊される前に、カメラに収めるようにしている。

 東京では、この相反する感情が楽に共存しているようだ。成長する側面とそれにあらがう側面があるのはどの都市も同じだが、ここまで対照的に新旧が隣り合って存在するのは東京だけだ。万物は移ろい変化するという仏教の教えである「諸行無常」と、「不動明王」のように怖い顔で変化を拒否する気持ちの両方を、この都市は内包している。

 変化を推し進める強さと現状にこだわる強さを、東京人はどちらも大切にしているようだ。この2つが共存しているからこそ、東京はこれほど個性的なのかもしれない。東京人はみんな、2つの強さを少しずつ持っているのだろう。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、社債が約50%急落 償還延期要請

ワールド

米大統領が台湾問題で中国挑発しないよう助言との事実

ワールド

香港高層住宅群で大規模火災、55人死亡・279人不

ビジネス

再送-第一生命HD、30年度の利益目標水準引き上げ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story