コラム

自粛を超えて消費へ、香港パワーを見習おう

2011年07月04日(月)09時00分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔6月29日号掲載〕

 14年前、香港の未来はばら色には見えなかった。1997年、イギリスはこの活気に満ちた都市を共産主義の中国に返還。多くの専門家は予想した──たぐいまれなる香港の金融、経済、法制度、民主主義は共産党支配によってたちまち破壊され、中国のほかの都市と大差なくなるだろうと。返還2年後に香港を訪れたとき、あるベテランジャーナリストは「そのうち誰もが逃げ出す」と語った。だから先月、香港に降り立ったときもあまり期待はしていなかった。

 ところが東京から香港に来ると、まるで暗い部屋で電気のスイッチをオフからオンにしたかのようだった。震災後、東京は陰鬱な街になった。電力不足で通りや建物は暗いとばりに包まれたまま。東京はかつて魅惑的な彩りに満ちたアジアの「魔法の灯(ともしび)」だったが、今は「風前の灯」だ。

 知り合いのレストラン経営者たちは3月以降、月の売り上げが約3割減ったとこぼす。国際ホテルの稼働率は40%。外国人旅行者は昨年比で既に落ち込み、移住する外国人は劇的に減少。今後も減り続けるだろう。

 わが子を今、日本で生活させたいと思う母親がどの国にいるだろう。震災後さらに急速に縮小し始めた日本市場に投資する企業がどこにあるだろう。そんな日本を包むのが「しょうがない」精神だ。

 海の向こうの香港はわが世の春を謳歌している。夜ともなると、湾沿いに立ち並ぶ超高層ビルが華やかな光のショーを繰り広げる。観光客や外国人移住者が通りを埋め尽くし、店には活気があふれ、ビジネス街にはカネが降り注いでいる。

■SARS禍から強気に復活

 香港滞在の最後の夜、金融業界のお偉方が伝説的な会員制クラブ「チャイナクラブ(中国会)」のディナーに招いてくれた。「香港のレストランはいつも満杯ですよ。信じ難いほどに」と、そのお偉方は話していた。フランス人の彼は以前、東京で金融関係の仕事をしていた。日本を愛していたが、他の同業者たちと同様に税率の高さやお役所の煩雑さ、閉鎖的な金融業界にうんざりし、家族と共に香港に移住。7年後に永住権を取得した。「この街は好況に沸いている。こんなエネルギッシュな場所はない」

 なぜ今、東京を香港と比べるのか。香港も03年、今の東京のように混乱に陥ったからだ。当時、香港ではSARS(重症急性呼吸器症候群)が猛威を振るった。患者数は1755人、うち299人が死亡。世界に激震が走った。返還のわずか数年後に起きたこの危機は、香港の「死亡診断書」になりかねなかった。しかし香港は生命力で立ち向かった。自粛ムードではなく消費ブームで対抗したのだ。

 SARS危機が収束すると、香港は総力を挙げてこの地の魅力を世界にアピールすることにした。港では毎晩のように花火が打ち上げられ、香港は以前にも増して派手で強気で、刺激に満ちた都市となった。今や結果は明らかだ。09年に香港を訪れた観光客は1700万人。面積1平方キロ当たり1万5388人だ。同年に日本に来た観光客は680万人。1平方キロ当たり18人にすぎない!

 香港の復活は、政治の力によるところが大きい。東京も底力を見せてほしい。震災前からあった困難な問題に新たな意気込みで取り組み、世界にその魂を見せつけてほしい。何より、悪いニュースを全部フクシマの原発事故のせいにして、無策の言い訳にするのをやめてほしい。増税になる? フクシマのせいだ。経済が低迷する? フクシマのせいだ。観光客が減少する? フクシマのせいだ......。

 自然災害は確かに恐ろしいが、人々の行動力までは変えない。たとえ、フクシマがSARSより手ごわくても、日本は津波と地震に何度も襲われ、第二次大戦の荒廃の後でさえ活路を見いだし成長してきた国だ。東京も、再び香港のような活気ある都市になれるはずだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米アトランタ連銀総裁、インフレ進展停滞なら利上げに

ビジネス

3月全国消費者物価(除く生鮮)は前年比+2.6%=

ワールド

パレスチナ国連加盟、安保理で否決 米が拒否権行使

ビジネス

スペースXの米スパイ衛星網構築計画、ノースロップが
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story