コラム

それでも外国人が東京暮らしを愛する理由

2010年10月28日(木)12時17分

今週のコラムニスト:ジャレド・ブレイタマン

 「本当に東京の暮らしが好きなんですか?」としょっちゅう聞かれる。こんな質問をするのは日本人が謙虚だからか、それとも劣等感があるからか。アメリカの生活がどんなものか知らないだけなのか。東京に来て2年になるが、いまだに理由がわからない。

 日本のトップ企業の経営陣や大学教授、政府高官がそろって嘆くのもしょっちゅう耳にする。中国とインドの台頭で、アメリカ政府も、教育レベルが高く世界を行き来するようなアメリカ人も、日本への興味を失ってしまった――。いわゆる「中国シフト」が日本人を不安にさせているのだ。その不安には経済問題と外交問題が含まれるが、どうやらそれ以上の要素もあるらしい。

 日本に滞在する欧米人の数が日本経済と、変わりゆく世界における日本の地位を表すバロメーターだと日本人は考えているらしい。光栄だが、不可解なことでもある。日本という国のアイデンティティーにとって、私たちの存在はそれほど重要なのか。それとも、これもまたアメリカ人には理解しがたい日本人の礼儀正しさの一例なのか。

 アメリカの政府も国民も、外国における自分たちの評判などほとんど気にしていない。移民問題といえば、違法な非熟練労働者が入り込むことへの懸念が中心だ。世界の優れた人材がアメリカで教育を受け、キャリアをスタートさせることを望むかどうかなんて、たいして話題にもならない。

■不明高齢者が呼び覚ました不安感

 リーマンショック以降、縮小する世界経済の影響はあらゆる国に及んでいる。日本はその中でも特別で、経済、政治、文化すべてひっくるめた停滞に長期間苦しんでいるようだ。いわゆる「失われた10年」はすでに3回目の「10年」に突入し、政治は不安定感を増すばかりだ。

 少し前には、100歳以上のお年寄り23万人以上が所在不明という問題も発生。日本人は自らの文化を反省し、さらには強い失望と憤りを感じている。日本の高い生活レベルを証明するものと思われていた平均寿命の長さは、政府の不手際と高齢者の家族の裏切りの賜物だったのか、と。

 「本当に」東京の暮らしが好きかということのほか、日本人は私が仕事のために滞在しているのかどうかも知りたがる。それが嘘だとしても、「そうです」と答えてしまえば話は簡単だとようやくわかってきた。

 この2つの質問をされると、日本人はどうして自分たちの都会生活や文化の比類なき価値を認めようとしないのか、不思議になる。外国人にとって東京は魅力的な都市だとどうして分からないのか。自分たちは経済力でしか勝負できないと本当に思っているのだろうか。

 80年代のバブル経済時代には、今より多くの欧米人が日本にやって来た。それが銀行家であろうと建築家や書籍編集者だろうと、私が出会った長期滞在の外国人は文学や仏教、日本庭園などの日本文化に興味を持ってやって来た人がほとんどだった。今では、もっと多様な関心をもった外国人と出会う。アニメだけではない。マージャンに興味をもつ人もいれば、日本語やグラフィックデザインを学びたい、日本のバンドのファンだからという人もいる。

■素晴らしい日本人に大勢出会った

 世界における日本の立場は確かに変化しつつある。人口減少と長引くデフレは、高度成長時代には想像もできなかったような「将来への不安」を生んでいる。もはや世界が争って日本の企業経営スキルを模倣することもない。それでも、アイデアや文化の面で日本が世界に提供できるものはまだまだある。

 バブル以後の日本は目覚しい回復力と創造性を発揮し、先進国と途上国がともに直面する困難に立ち向かってきた。限られた自然資源でどう生きるべきか? 人口密度の高い都市を安全で楽しい場所にするにはどうしたらいいか? どうすれば伝統を殺さずに新しい考えを受け入れることができるのか?

 私は仕事を通じて、明確なビジョンを持ち、自国や世界が抱える難題を解決しようとしている日本人に大勢出会った。芸術イベントの開催者と革新的な農家が、過疎化した農村を活性化させる素晴らしい企画を始めている。技術開発者たちはコミュニティーや商業、メディアのために新しいプラットフォームを作り上げている。健在なる社会や環境を目指して、都市に自然を取り戻す活動を行う企業や若者たちもいる。

 日本経済はもはや世界の羨望の的ではないし、外国人が手っ取り早く稼ぐために日本にやって来ることもなくなった。それでも日本の文化や人々は、新しい働き方や21世紀の生き方を探ろうと切望する外国人たちを引き付けてやまない。

 私たち外国人の多くが日本の暮らしを楽しんでいる。あのように礼儀正しく、しかし奇妙な質問をする日本人には東京の良いところがちっとも見えていないのではないだろうか。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ステランティス、米ミシガン工場が稼働停止 アルミ生

ワールド

独メルセデス、ネクスペリアの動向注視 短期供給は確

ワールド

政府・日銀が目標共有、協調図り責任あるマクロ運営行

ワールド

訂正北朝鮮が短距離弾道ミサイル発射、5月以来 韓国
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 5
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 8
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story