コラム

東京のガーデニング文化を世界に誇れ

2010年01月12日(火)13時12分

今週のコラムニスト:ジャレド・ブレイタマン

 08年に仕事で初めて東京を訪れたとき、驚くと同時に感心させられたのは、この都市が実に人間的で、人と植物が共生する通りが活気に満ちあふれているということだ。

 多くの外国人と同じく私が東京に抱いていたイメージは、冷たく立ち並ぶ高層ビルと、渋谷のスクランブル交差点の雑踏、輝く広告のネオンだった。つまり、自然から完全に隔離された都市を想像していたわけだ。
 
 私自身これまでずっとガーデニングには深い愛情を注いできたが、東京の住民たちの植物を育てる情熱と創意工夫には今も驚かされる。そして、人間と建物がひしめき合う大都会で人と人を結び付けるコミュニティーが存在するという点にも。

 ある日、初心者向けの陶芸教室を訪れた後、狭い歩道のアスファルトの割れ目から美しいパンジーが生えているのを見つけた。

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 東京ではほんの小さなスペースにも住民が気を配り、「緑の息吹」が宿っている。この印象がきっかけとなり、私はサンフランシスコから東京に移り住む決心をする。私は幸運にも日立と米外交問題評議会(CFR)が提携するフェローシッププログラムの奨学金を得て、デザイン人類学と都市生態学を融合させた「東京の小さな緑」の研究を始めることになった。

 東京はアメリカやヨーロッパの都市とは異なり「小さな緑」にあふれていながら、日本人自身はそのユニークな特徴に気付いていない。道端のパンジーがそれを気付かせてくれた。そこで私は、以下のような問いを掲げてみた。

1.なぜ東京の人々は自分の周りの環境にそれほど気を配るのか。

2.建物が密集する都市部で、自然はどのような役割を果たすのか。

3.東京のガーデニング文化から他の都市は何を学べるのか。

■地下鉄のトイレにも植物が飾られている

 街路や裏道で見かけた「小さな緑」の例を集め始めると、多くの驚きがあった。民家のコンクリートブロックの塀の上に置かれた見事な盆栽、発泡スチロールの容器の中で栽培されている稲、銀座の裏通りで育つ小さなスイカ。

 サンフランシスコや他の外国の都市では、こうした鉢植えはすぐに盗まれるか、破壊されるだろう。だが公共交通網や道路が他に例をないほど安全な東京では、人々は公の場に置かれた植物に敬意を払っている。
 
 地下鉄の男性トイレには、ペットボトルの容器に伸びるツタが飾られていた。

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 アメリカの地下鉄のトイレは、「公共の安全」のために閉鎖されてしまった。その一方東京では、誰かが地下の公共施設を植物で美しく飾っている。その誰かは定期的に訪れて、水を替えているのだろうか? 見知らぬ人たちのために植物を飾る情熱は、どこから生まれるのだろう?

 私は東京の人々が、四季を通じて公共の場の自然を大切にする姿を見てきた。町がピンクの雪景色に染まる花見の季節には、人々は桜の木の下で一緒に飲んで食べて大騒ぎする。秋には黄色く色付いたイチョウを見ようと大勢が明治神宮外苑を訪れ、紅葉が映える美しい庭園はライトアップされる。

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 夏や秋の祭りの季節には特別な音楽や衣装、食べ物、酒が道路を埋め尽くす。こうした祭りは近所の人々同士だけでなく、稲作で生活していたかつての日本人と現代人をつなげる役割も果たす。

 そして新年には、家やビルのドアは稲や竹、松、麦、万両や千両の実でできたしめ飾りと門松で飾られ、今も生きる古来のしきたりや工芸が都会の自然と交じり合う。

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 東京での日々の生活で素晴らしいのは、歩行者や自転車が車より優先される路地にある。最近でこそアメリカのいくつかの都市が、こうした歩道のない小さな通りを実験的に設けているが、東京では名もなき路地が駅や大通りの間を縦横無尽に結ぶ光景はいたるところにある。
 
■植物が育むコミュニティーの温かさ

 私のアパートから最寄り駅までの道すがら、狭い通りでは民家の「小さな庭」を間近に見ることができる。多くの家が敷地ぎりぎりに建っているため、庭の一部が通りにはみ出していたり、建物に植物がつたっていたりする。

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 毎日少なくとも1人は、植物を植えたり、草むしりをしたり、枝を切ったり、落ち葉を掃除している人の姿を見かける。近所の人と植物への愛について語るには、ほんの少しの日本語を知っているだけで十分だ。

 小さな緑を通じて近所の人たちを知るにつれ、私は人間味のない都会ではなく、気さくな村に住んでいるように思えてきた。出かけるときの「行ってらっしゃい」、帰ってきたときの「お帰りなさい」の声を聞くと、自分の小さなアパートが物理的、社会的な限界を超えて町の外側に広がっていくような気分になる。私はそのお返しに、都会の共有スペースに潤いを与えてくれることへの感謝の気持ちを彼らに伝える。

 東京人がガーデニングや緑を愛するのはなぜなのだろう。昨年10〜11月に太田記念美術館で開かれた『江戸園芸花尽くし』に展示された浮世絵には植物や花がふんだんに描かれており、幕末に来日した西洋人が江戸の園芸文化に感嘆したことが見て取れる。当時の西洋社会と異なり、江戸の「園芸文化」は庶民から将軍や文化人まで社会のありとあらゆる階層に及んでいた。
 
 現代の東京にもこの「ガーデニング文化」が脈々と受け継がれているのだろう。西洋人はなぜ東京のこのユニークな特色にもっと着目しないのだろうか。ガーデニングはかつては娯楽の一貫にすぎなかったが、今日の世界的な都市化や気候変動を考えれば、より重要な役割を担うはずだ。

「都会の森」をつくれば空気や水の浄化につながリ、ヒートアイランド現象が緩和され、生物の多様性を促す。東京で暮らす外国人の私は、「公共のガーデニング」がもたらす共同体意識や生活環境のよさを実感している。多くの日本人は、東京を良くするには欧米の考えを輸入する必要があると考える。だが私は逆に東京独自の文化的、空間的、人的な資源が、日本だけでなく世界の都会暮らしをより良いものにしてくれると信じている。

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プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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