コラム

中国人観光客残酷物語

2010年05月24日(月)07時47分

今週のコラムニスト:李小牧

 日本の外務省はこの7月1日から、中国人個人観光客向けのビザ発給条件を緩和する、と発表した。現在は年収25万元(約340万円)以上としている発給条件を大幅に引き下げ、富裕層だけでなく中間層も日本に呼び込もう、という狙いだ。

 去年、中国本土から日本に来た個人・団体観光客は101万人。条件の緩和で、これまで160万だったビザ発給の対象世帯数は10倍の1600万世帯になる。単純に考えて中国人の個人観光客も10倍になる――と、岡田克也外相は考えているのかもしれない。

 だが、そう簡単に行かないだろう。それは、中国人観光客が日本でどんな「観光」をしているかを知ればすぐ分かる。

 中国人観光客の多くは、東京〜大阪を5日間ないし6日間で駆け抜ける「弾丸ツアー」に参加する。富裕層のはずなのに、なぜか旅費は航空券や宿泊費を含めて5000元(約6万5000円)程度と格安だ。

 彼らが泊まるのはビジネスホテルや古ぼけた安宿。あるツアーでは、東京・大井埠頭にあるコンテナトラック運転手が定宿にしているビジネスホテルが宿泊先にあてがわれた。彼らの多くは買い物を目的に、それぞれ200万円から300万円を財布に入れて日本にやって来るが、決してヤマダ電機や伊勢丹には行かない――。

■「ぼったくりツアー」の真犯人

 この奇妙なツアーのからくりを解くカギは、ツアーガイドが最後に案内する免税店にある。

 ガイドはツアーの最後に観光客を丸抱えして、自分が関係する秋葉原の免税店に連れて行く。店はツアー客に電気街の存在を気づかれると困るから、電気街から少し離れたところある。「ここでしか買い物ができない」と中国人観光客を追い込み、持って来たカネを散在させる。免税店からガイドへのバックチャージとして、1つのツアーだけで数百万円が支払われる。

 ガイドがツアー1つを丸ごと「買い取る」ケースもある。宿泊費や食費を安くすればするほど儲けが増えるのだから、彼らはできるだけ中国人観光客を安宿に押し込もうとする。

 最後に電気街を案内する「良心的な」ガイドもいるが、その頃にはツアー客は免税店でほぼカネを使い果たしている。ガイドが朝8時に銀座に連れて行くので、中国人観光客はまだ開いていない店の前で記念写真を撮るしかない――という話を聞くと、もはや泣いていいのか笑っていいのか分からなくなる。

 ツアーガイドをしているのは在日中国人だ。中には学生や主婦がアルバイトでやっているケースもある。彼らに日本文化を中国人観光客に説明する深い知識はないが、金儲けの知恵はある。あるツアーでは、ガイドが3000円の寿司を出前で取って中国人観光客に1万2000円を支払わせた。差額の9000円の行き先はもちろん自分の財布の中だ。

■悪徳ガイドが広める負のイメージ

 中国人が中国人の無知につけ込むこの悲劇に、日本人はまったく気づいていない。私の知る範囲では、すでに2、3年前から中国人の日本ツアーはこんな状況になっている。

 中国人同士の話と思ってはいけない。歌舞伎町の飲食店主がよく「中国人が街にあふれているのに店に客が来ない」と首をかしげているが、ガイドはバックチャージのもらえない店でツアー客がカネを使うと困るから、「日本一安い」ヤマダ電機にも、歌舞伎町の飲食店にも客を寄り付かせないようにしている。

 これまでの経過を見ていると、日本政府は観光客の数さえ増えれば何とかなる、と考えているフシがある。だが、悪徳ガイドにぼったくられた中国人によって、日本の悪いイメージが中国に広がりつつある。このままでは団体客だけでなく、個人客も「ぼったくり日本」に尻込みしかねない。

 何より必要なのは、中国に正確な日本の情報を発信すること。正しい情報が広がれば、悪徳ガイドはやがて淘汰される。以前、わが新宿の湖南菜館に「中国人ガイドとケンカした」という中国人観光客が駆け込んできた。劣悪な食事内容に怒った客がわが店に来たのは、私の著書を読んで新宿に歌舞伎町案内人がやっている湖南菜館という店がある、と知っていたからだ。

 聞けば、事業仕分けの嵐が吹き荒れる中、日本の観光庁の今年の予算は去年の倍の127億円に達したという。だが日本政府がこういった現状を正しく認識しなければ、127億円をドブに捨てることになりかねない。

 私はこれまで、著書を通じて「正確な」日本の情報を中国に提供してきた。今も日本の観光情報を中国に向けて発信するポータルサイトの開設に協力している。127億円を捨てるぐらいなら、「日本案内人」の李小牧にいくらかバックチャージを回したほうが有効だと言っておこう(笑)。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インフレ緩和なら追加利下げの可能性=フィラデルフィ

ビジネス

規制緩和がインフレ押し下げへ、利下げを正当化=ミラ

ワールド

米最高裁、トランプ関税の合憲性判断示さず 次回判決

ビジネス

目先利下げ不要、超党派のFRB独立支持に安堵=ミネ
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「高額すぎる...」ポケモンとレゴのコラボ商品に広がる波紋、その「衝撃の価格」とは?
  • 2
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 5
    飛行機内で「マナー最悪」の乗客を撮影...SNS投稿が…
  • 6
    鉛筆やフォークを持てない、1人でトイレにも行けない…
  • 7
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 8
    宇宙に満ちる謎の物質、ダークマター...その正体のカ…
  • 9
    年始早々軍事介入を行ったトランプ...強硬な外交で支…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 4
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 5
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 6
    次々に船に降り立つ兵士たち...米南方軍が「影の船団…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 9
    「高額すぎる...」ポケモンとレゴのコラボ商品に広が…
  • 10
    ベネズエラの二の舞を恐れイランの最高指導者ハメネ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 7
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 9
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story