コラム

バーバリーだけじゃない、ファッションブランドから次々人材を引き抜くアップルの狙い

2013年10月23日(水)15時48分

 アップルが有名ファッション・ブランドのバーバリーからCEOを雇い入れたことが話題になっている。実は、アップルがファッション・ブランドからトップをヘッドハントしたのは、最近でこれが二人目だ。今年7月には、パリの有名メゾン、イヴ・サンローランのCEO兼会長を雇った。

 バーバリーCEOのアンジェラ・アーレンズは、長い間空席になっていたアップルの小売部門の統括責任者となる。一方、サンローランのポール・デネーブは「特別プロジェクト」の担当。この特別プロジェクトとはおそらく、アップルが近い将来に発表するだろうとされている腕時計型コンピュータ、つまり通称「iWatch」だというのがもっぱらのうわさだ。

 トップの引き抜きではないが、ファッション業界ということで言えば他にもいる。リーバイズの上級副社長がアップルのアメリカ国内小売店担当になり、ナイキのデザイン・ディレクターもアップルに加わっている。

 ファッション界の人間を招き入れるとは、たとえデザイン・コンシャスで知られるアップルであっても大きな転換点となるようなできごとである。テクノロジー製品は、いわば技術のロジックと生産の効率性で構成されていて、インダストリアル・デザインを極めていくところまでは理解できる。

 だが、ファッションとなるとかなりの飛躍だ。アップル製品の使い勝手のよさや、切り詰められたシンプルさ以上に、移り気で直観的で感情的といった要素が加わるのだ。アップルはともかくとしても、エンジニア社会のシリコンバレーではびっくり、といった動きである。

 ただ、理由はいろいろ考えられる。

 ウェアラブルがそのひとつだ。身体につけるコンピュータであるウェアラブルは、iWatchのような腕時計型、グーグル・グラスのような眼鏡型などがもっぱら知られているところだ。これだけ身体に密接につながってくると、それを身に付けた時の手首の美しさや顔の輪郭との関係など、ファッション性を無視することはできなくなる。

 また、ウェアラブルがどんなかたちであり得るかにはまだまだ未知数が多く、ベルト型になったり肩掛け風になったりするかもしれないし、あるいは繊維にデジタル・センサーが織り込まれて、服自体が文字通りウェアラブルとなる日も遠くはないかもしれない。そうなると、テクノロジーとファッションは、もうひとつのものとして考えないと、製品は広く受け入れられないのだ。

 もうひとつの理由は、製品や小売店鋪のつくりなどで他社にデザイン面で真似されてきたアップルが、真似されない次のステップへ飛躍しようとしているということだ。製品や店舗のインテリアで見せてきたシンプルでクリーンなデザインの先には、何があるのか。ファッションが、それを探る一手になるのだ。

 折しも現在、コンピュータもスマートフォンも普通の製品となってコモディティー化してきていて、バーバリーやサンローランといったヨーロッパのラグジュアリー・ブランドのような重層的な表現方法は新鮮に感じられるはずだ。iPhoneも今以上にラグジュリアスなモデルも出てくるかもしれない。そうなると、グーグルやアマゾン、サムソンもすぐに追従はできないだろう。

 さらに、これと反するようだが、先頃発表された廉価版iPhone5cの失敗も、ファッションで救えるのではないだろうか。アップルは、これまでiPhoneが買えなかった人のために、そして客を増やすために、価格が100ドル以下という廉価版製品を出したものの、それがさっぱり売れなかったのだ。どんなに安くても、薄っぺらな作りの製品をただカラフルな色違いで提供するといった小手先のやり方では、もう誰も満足しない。ユーザーの裾野を広げる安い製品だからこそ、ファッション性が必要になる。つまり、ラグジャリーと廉価の両方で、ファッションができることはたくさんあるわけだ。

 バーバリーのアーレンズは、ファッションだけでなく、ソーシャルメディアやテクノロジーに深く馴染んできた人物だ。テクノロジー会議などでバーバリーのデジタル戦略をプレゼンテーションしているのを見たことがあるが、なるほどバーバリーを若く生き返らせた人物であることがうなずけた。テクノロジーとファッションが急接近しそうな今、彼女のように両方のことばを理解できる人材は重要になっている。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

野村、年内あと2回の米利下げ予想 FOMC受け10

ワールド

米関税15%の履行を担保、さらなる引き下げ交渉も=

ワールド

林氏が政策公表、物価上昇緩やかにし1%程度の実質賃

ビジネス

午後3時のドルは147円前半へ上昇、米FOMC後の
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story