コラム

イラク・バスラの復興を阻むもの

2015年12月26日(土)19時16分

 バスラ滞在中、ふたつの地元民間企業と会った。ひとつはキャノンの代理店を営む企業、もうひとつはトヨタ車の販売を請け負っている企業で、前者はバスラの有力部族のひとつ、エイダン一族が経営している。後者は、イラク有数の大財閥、ブンニーヤ一族による経営だ。ブンニーヤ一族はスンナ派だが、バスラの代理店の社長さんは一族出身ではなく、シーア派のこれまた名家アルーシ家の出身だ。どちらも日本製品だけでなく、その他幅広く手掛けている。

 彼らと会って、一番の疑問をブンニーヤ財閥の社長さんにぶつけてみた。「バスラの復興を地方自治体や政府がやらないんだったら、企業が独自にできないんですか。」

 雇われ社長は、困った顔で言った。「怖いんだ、民兵たちが」。

 創業一族の唯一の生き残りは、引退してアンマンで身を隠しているという。イラク国内で事業を展開するのは、二代目、三代目たちだ。民兵がシーア派民兵なのかスンナ派の武装組織なのか、彼ははっきり言わなかったが、泥棒も民兵も、ひいては政治組織も皆、大財閥の財産を狙っているということだろう。「社会主義」や「ナショナリズム」など政治がイデオロギーの大義のもとに財産を奪うことは、歴史上繰り返されてきた事実だ。イスラーム革命を謳ったものたちも、例外ではない。

 歴代の政権の政策に振り回されて、潰された財閥は数知れない。そのなかで一世紀以上前に設立されたブンニーヤ財閥は、60年代の国有化政策、その後のバアス党政権下の社会主義、統制経済を生き延びてきた。政治が変わっても、うまく立ち回ってきた数少ない老舗財閥だ。

 今、バスラには、武人政治がまかり通っている。イスラーム主義を掲げた「革命主義」的政党と地元の部族勢力が入り乱れながら、覇を競い合っている。だが都市バスラには商人の文化、商人政治がある。武人政治と、財閥の商人政治は、相いれない。お互いどう折り合っていけばいいのか、模索しているのか、手が出せないでいるのか。いずれにしても、武人政治一辺倒で物事を進められるマイサンなどとは、そこが違うのかもしれない。

 もうひとつ、武人政治が手をこまねいているだろう要因を、同じくブンニーヤ財閥に見た。雇われ社長が嬉しそうに、「うちの大事な右腕」と紹介したのが、イラク南部鉄道会社に勤めていたという技術者である。バスラ、ひいては南部の発展には鉄道整備、拡張がかかせない、と彼は力説する。バスラに地下鉄を作りたいんだ、とも。

 彼は、インフラ整備がすべて公共部門に任され、国作りの根幹を担っていた時代を生きてきた、昔ながらのテクノクラートだろう。90年代の経済制裁とイラク戦争で崩壊したとされる、イラクの屋台骨を支えていた中間層に位置付けられる人物だ。

 こういう層もまた、武人政治のなかで居場所を失っている。財閥がそれを拾っても、全面的に活躍する場を与えられるわけではない。会って話していて、筆者などはものすごくもったいない感がするのだが、おそらく70-80年代のイラクの経済開発に関わった経験をもつ日本企業も、同じ気持ちだろう。彼らが相手にしていたイラクのカウンターパートというのは、こういう人たちだったからだ。それが今、大半が「旧体制の名残」として重用されずにいる。

 発展していないバスラの姿を見るのは物悲しい思いだったが、だが発展しない原因のひとつが、武人政治が都市を席巻できないからだと考えると、席巻できない元中間層と商人政治がまだまだ健在なのは頼もしいぞと、なんとなく腑に落ちた。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

エアバス機不具合、CEOが謝罪 世界の航空会社に影

ワールド

アングル:「世界一幸せな国」に忍び寄る不安、経済低

ワールド

アングル:インドの路地から消える電子ごみ再生業、規

ビジネス

ANA、エアバス機不具合で30日も6便欠航 2日間
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場の全貌を米企業が「宇宙から」明らかに
  • 4
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 7
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    香港大規模火災で市民の不満噴出、中国の政治統制強…
  • 10
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 6
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 9
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story