コラム

『キッズ・アー・オールライト』 あの娘の家にはママが2人

2010年08月16日(月)11時59分

 ウチのはす向かいの家のジョアナちゃんにはお父さんが2人いる。

 両親は同性カップルなのだ。

 ウチはイーストベイと呼ばれる、サンフランシスコから橋を渡った東岸にある。サンフランシスコ、特にカストロ地区は世界最大のゲイ・タウンとして知られている。数万のゲイやレズビアンの人々が住み、ゲイバーやクラブが並び、深夜を過ぎてもネオンが輝き、音楽があふれ、笑い声が絶えない、きらびやかでにぎやかで、まさにflamboyantな(けばけばしい)街だ。

しかし、ゲイの人も家族を持ち、子どもができると、だんだんとサンフランシスコを出て、その周辺の郊外住宅地に移っていく。子どものためにもっと静かで健全で安全な環境を、もっと偏差値の高い学校を、と親が求めるものはみんな一緒。それで、ここイーストベイには子持ちのゲイ・カップルが多いというわけ。

 ウチの娘は幼稚園の頃から、友達に同性カップルの子が何人もいたから慣れてしまって、別に何とも思っていない。でも、そんな場所は、アメリカでも西海岸と東部の大都会とその周辺だけだ。

 2003年、サンフランシスコのニューソン市長は同性カップルの結婚を認めたが、たちまち反対運動が全米に広がった。当時のブッシュ大統領は「結婚は男女の間での神聖な契約だ」と主張し、連邦の法律で同性婚を禁止しようとぶち上げた。2004年の大統領選挙でブッシュ陣営は同性婚問題を焦点にし、イラク戦争という失政から国民の目を逸らそうとした。モラル・ボーター(道徳的投票者)と呼ばれる宗教的保守派の人々は見事に操られ、ブッシュを再選した。

 2006年にはカリフォルニア州で同性婚禁止条例の法案が州民投票にかけられ、52.5%が条例を支持した。予想された結果だった。カリフォルニアは他の地域と比べてキリスト教保守は少ないが、カトリックのメキシコ系が多いし、ユダヤ系やアジア系も多い。彼らは政治的にはリベラルだが、家族の絆や伝統を大切するのでモラル的には保守的なのだ。

 しかし本当は、家族主義とセクシュアリティは別の問題だと思う。

 先日、『ザ・キッズ・アー・オールライト』という映画がアメリカで公開された。「子どもたちは大丈夫」というタイトルは、イギリスのロックバンド、ザ・フーのドキュメンタリー映画と同じだが、こちらはホーム・コメディだ。レズビアン夫婦とその子どもたちの。

 カリフォルニア州の女子高生ジョニは17歳。優等生で、一流大学に合格し、この夏休みが終われば家を出て大学の寮に入る。ただ、その前にやっておきたいことがあった。

 自分のバイオロジカル・ファーザー(生物学的な父親)がどんな男なのか知りたくなったのだ。

 ジョニの2人の母を演じるのはアネット・ベニングとジュリアン・ムーア。ジョニを生んだのはムーアで、弟のレイザーを生んだのはベニング。2人とも精子バンクで買った同じ男の精子で妊娠した。ジョニは精子バンクに精子提供者の正体を問い合わせる。本人が求めた場合、精子バンクはそれを教える義務がある。

 15歳になる弟レイザーもちょっと不安定で、親友が父親と取っ組み合いするのをうらやましそうに見つめたりしている。親友と一緒に両親の寝室に忍び込んで、タンスを漁る。きっとレズビアンのエロ・ビデオがあるはずだぞ。見つけたDVDを再生すると、なぜか男同士のホモビデオだった。

「あんたたち何見てるの!」

 息子が男友達とホモビデオを観ていたことを知って、母親たちは「息子はゲイじゃないか」と心配する。逆に息子も質問する。「母さんたちはレズなのに、なんでホモビデオなんて見るの?」

「......それはね、レズビデオはたいていノンケの女性が演技してるだけだから......」

 このへんのやり取りは爆笑。実際、レズの人たちはボーイズ・ラブが結構好きらしい。

『ザ・キッズ・アー・オールライト』の脚本・監督のリサ・チョロデンコもレズビアンで、彼女のパートナーはウェンディ&リサのウェンディだ。プリンスのバンド「レボリューション」のギタリストのウェンディと言った方がわかりやすいか。チョロデンコ自身、この映画化の企画中に精子バンクを使って子どもを産んだそうで、彼女の体験も反映された映画なのだ。

 ジョニが会った精子提供者を演じるのはマーク・ラファーロ。大学をドロップアウトして無農薬野菜が売り物のオシャレなレストランを経営している。40過ぎだが独身貴族。20代の女の子たちと気ままな恋を楽しみ、バイクを乗り回し、シャツのボタンを2つ開けて胸毛とペンダントをのぞかせている。

 ジョニは会ったとたんに、このセクシーで遊び人のチャラい親父にコロっと参ってしまう。弟も同じだ。ラファーロの不良っぽさ、アニキっぽさは、思春期の彼が求めていたものだ。

 ラファーロと比べると、一家の父親役であるアネット・ベニングは堅苦しい。食卓でも家長の席に座り、勉強しろ、礼儀正しくしろとうるさい。べニングは女性なのに、古臭い昔の父親そのものなのだ。母親は専業主婦として家を守るのが仕事と考え、ジュリアン・ムーアが働きに出ようとすると嫌な顔をする。そしてとうとうジュリアン・ムーアまで自由奔放なマーク・ラファーロに惹かれてしまう。

 アネット・ベニング父さんは家族を奪われてしまうのか?

『ザ・キッズ・アー・オールライト』は、ちゃんとタイトルどおり「オーライ」な結末を迎え、モラルとセクシュアリティはまったく別のものだという当たり前のことを見せてくれる。実際、うちのまわりの同性カップルたちも、子どものために引っ越しただけあって実に真面目で、厳しく礼儀正しく子どもを育てているし、PTAや近所づきあいにも熱心で、家族を守るということに関しては堅実で、保守的と言ってもいい。たまたま同性愛者なだけだ。

 同性婚に反対する人々は「同性カップルを両親に持った子どもは精神的にいろいろな問題を抱えることが多い」と主張するが、異性愛者の両親なら完璧とは限らない。家庭的な同性愛者だっているし、子育てのできない異性愛者だっている。

 また、この映画では同性カップルの収入格差もチラっと描かれる。それは同性カップルが正式な結婚を求める理由のひとつでもある。カップルには多かれ少なかれ経済的な格差がある。収入を担っていた者が死んだり、離婚した場合、相手は経済的な危機に直面することがある。そんな時、財産分与や相続などの権利を守ってくれるのが結婚という法的な契約なのだ。

 8月4日、連邦地裁のウォーカー判事は、カリフォルニア州の「同性婚禁止条例」はすべての個人に対する法の平等を定めた合衆国憲法修正第14条に違反すると判決した。同性カップルが連邦地裁に提訴していたのだ。アメリカの各州はそれぞれが自治権を持つ「国」なので独自に法律を作るが、それが合衆国憲法に適っているかどうかを連邦裁判所が判断する。多数決だけでは守られない少数派の権利はこうして守られる。

 最終的には最高裁まで争われると言われているが、とりあえず8月18日から役所は同性婚を受け付けることになった。今、はす向かいのジョアナちゃんの家の窓には、「ありがとう、ウォーカー判事」と書いた紙が貼ってある。

<追記>
 この後、現地時間8月15日に、18日から開始と言われていた同性婚の受付が期限未定の延期になりました。

プロフィール

町山智浩

カリフォルニア州バークレー在住。コラムニスト・映画評論家。1962年東京生まれ。主な著書に『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文芸春秋)など。TBSラジオ『キラ☆キラ』(毎週金曜午後3時)、TOKYO MXテレビ『松嶋×町山 未公開映画を観るテレビ』(毎週日曜午後11時)に出演中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

西側国家のパレスチナ国家承認、「2国家解決」に道=

ワールド

独首相、ウクライナ戦闘の停戦協議開催地にジュネーブ

ビジネス

米メルクの脂質異常症経口薬、後期試験でコレステロー

ビジネス

中国サービスPMI、8月は53.0 15カ月ぶり高
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 5
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 10
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story