コラム

拳銃を持ったサッカー・マムの最期

2009年11月04日(水)18時45分
拳銃を持ったサッカー・マムの最期
ケンタッキー州の射撃場で銃を構える筆者


 今、耳がよく聴こえない。

 先週、ケンタッキーでバカでかい銃を撃ち過ぎたせいだ。

 陸軍士官学校のあるウェストポイントにあるノブ・クリーク・ガン・レンジはアメリカでも数少ない、機関銃が撃てる射撃場。毎年4月と10月の2回、全米からガンマニアが集まってミニガン(バルカン砲)や火炎放射器を撃ちまくる。訪れた日は月曜日なのでマシンガンのレンタルをしていなかったので、ショットガンや44マグナム、M16ライフル、それに50口径オートマグを借りた。

 それでパンプキンをバカバカ撃っていたら、隣のレンジに、身長160センチくらいのやせっぽちで色白でメガネの少年がやって来た。彼は背負ったバッグから大砲のようなライフルを出して、細いニンジンほどの弾丸を装填して撃った。

 銃声というよりも落雷だった。衝撃波で、半径2メートルほどの地面から砂埃が舞い上がる。それは対物ライフルだった。航空機も撃ち落せる50口径の巨弾で、装甲車の鉄板を貫通し、コンクリートの壁を撃ち抜き、1キロ先の標的を倒す銃だ。映画『ロボコップ』に対ロボコップ銃として登場するアレだ。

 「撃ってみる?」

 よっぽど撃ちたそうに見えたのか、彼―― 子どもに見えたが実は22歳の士官学校卒業生のニール君――が対物ライフルを差し出して微笑んだ。

 オレが撃ってもいいの?

 思わず頬を緩ませて、数百メートル先の標的をスコープで狙ってトリガーを引いた。

 キーーーーーーーン。

 耳栓はしていたのに......。それ以来、ずっと耳鳴りが続いている。

 イイ年こいて何やってるんだと思うだろう。でも、銃はやっぱりアメリカならではのギルティ・プレジャー(罪深き快楽)なんだよね。百害あって一利なしとわかっていても大排気量のバイクやアメ車でフリーウェイ飛ばすとスカっとするし。

 「お前ら、好きだなあ」店員が呆れて笑った。「そんなに銃が好きなら、憲法変えればいいじゃないか」店の壁には合衆国憲法修正第二条が掲げてあった。

 「規律ある民兵は自由な国家の安全に必要であるゆえ、人民が武器を保有し、携帯する権利は、これを侵してはならない」

 この2週間ほど前、修正第二条をめぐって論争を巻き起こした母親が死んだ。

 1年前の2008年9月11日、ペンシルべニア州のレバノンという町で、メラニー・ハイン(31歳)という3児の母が、5歳の娘のサッカーの試合の付き添って、腰のホルスターにグロック26という自動拳銃を差してフィールドに現れた。

 実弾が装填されていると知って他の親たちやコーチは震え上がり、ハインに拳銃を持ち込まないよう頼んだが、彼女は言うことを聞かない。そこで彼らは地元の少年少女サッカー・リーグに訴えた。腰に拳銃を差したサッカー・マムの姿は全米のテレビや新聞を飾った。

 郡の保安官はハインから拳銃の所持許可証を取り上げたが、ペンシルベニアでは、学校や法廷、公共の交通機関でなければ、拳銃の携帯は合法である。法律を犯していないハインはすぐに許可証を取り戻し、逆に保安官に対して100万ドルの損害賠償を請求した。

 それにしても、レバノンは人口わずか2万4000人、犯罪も多くない比較的安全な町だ。なぜ、ハインは拳銃を5歳の少女のサッカーの試合などに持ち込んだのか? 地元新聞ペンシルベニア・ペイトリオット・ニュース紙の質問に対して、彼女はこう答えた。

 「気に食わないかもしれないけど、私は自分の行動について世間に認めてもらう必要はないわ。そんなこと不可能だという結論に至ったのよ。傲慢に聞こえるだろうけど......合衆国憲法は私に銃を携帯する権利を保障している。それ以上言うことは何もないわ」

 同新聞のネット版のコメント欄は「意味不明だよ! この××××!」という罵倒と「よく言った! 市民武装の権利万歳!」という賞賛とでヒートアップした。その後もハインは実弾入りの拳銃を持ってサッカー場に現れ、サッカー少女とその親たちを怯えさせ続けた。

 それから1年後の10月7日夜8時頃、メラニー・ハインは友人とパソコンでビデオ・チャットをしていた。その友人はモニターを通して、保護監察官をしている夫スコットがメラニーを射殺する瞬間を目撃した。夫はすぐに自分の頭を撃ち抜いて自殺した。3人の子どもに怪我はなかった。夫婦は最近、家庭内別居状態にあったらしい。銃ってやっぱり素晴らしいね。危険なガン・クレイジーを退治してくれたんだもの!

プロフィール

町山智浩

カリフォルニア州バークレー在住。コラムニスト・映画評論家。1962年東京生まれ。主な著書に『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文芸春秋)など。TBSラジオ『キラ☆キラ』(毎週金曜午後3時)、TOKYO MXテレビ『松嶋×町山 未公開映画を観るテレビ』(毎週日曜午後11時)に出演中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インフレ上振れにECBは留意を、金利変更は不要=ス

ワールド

中国、米安保戦略に反発 台湾問題「レッドライン」と

ビジネス

インドネシア、輸出代金の外貨保有規則を改定へ

ワールド

野村、今週の米利下げ予想 依然微妙
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 10
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story