コラム

このまま原発を止め続けると30兆円以上が失われる

2015年01月29日(木)18時41分

 九州電力の川内原発(鹿児島県)の再稼動に地元が同意したが、年度内の運転開始は困難だ。関係者は「夏までには何とか」といっているので、2013年7月の安全審査申請からほぼ2年かかる見通しだ。

 当初、原子力規制委員会の田中俊一委員長は安全審査に「一つの発電所で半年」といっていたが、2基で2年かかるとなると、48基の原発の審査をすべて終えるのには48年かかる。今後の審査は加速するとしても、発電所を建設するときと同じ膨大な審査(文書だけで3万6000点)をやり直しているので、1年以下にはならない。そのうち30基を動かすだけでも、20年以上かかることは必至だ。

 それによって、どれぐらいの損失が出るだろうか。原発停止でこれまで3年半で増加したLNG(液化天然ガス)の輸入額は、12.7兆円である。これを「円安のせいだ」という人がいるが、輸入量も倍増した。価格をドルベースでみても、図のようにLNGの価格はピーク時で2010年の2倍になった。

天然ガス価格の推移(出所:IMF)

天然ガス価格の推移(出所:IMF)

 これは単なる原油相場の影響ではない。2011年から原油価格は2割ぐらいしか上がっていないが、日本のLNG輸入価格だけが倍増した。これは原発が止まってスポットで買いに行ったためのジャパン・プレミアムである。今年に入って原油価格は暴落したが、LNG価格は2割ぐらいしか下がらず、ヨーロッパに比べて50%も高い。

 この高価格が今後も続くと、毎年3兆円が失われる。電力会社は石炭火力などでLNGより安く調達する努力をしているが、それでも運転できる原発を20年も止めたら、機会損失(償却費)は30兆円以上になるだろう。これは日本の電力会社の売り上げ合計の2年分なので、電気代は2倍になり、製造業は致命的な打撃を受ける。

 こういう混乱が生じた原因は、規制委員会の田中委員長が2013年3月に出した田中私案と呼ばれるメモである。これは当時、問題になっていた関西電力大飯3・4号機の運転を継続するために、運転中の原発は定期検査に入ってから審査し、審査が終わってから運転するという例外規定だったが、大きな誤算があった。

 安全審査が半年で終わるのなら、それが終わってから運転してもいい。田中委員長は「3チームが並行して半年で審査する」といった。しかし基本設計の審査が終わらないと工事認可ができず、工事認可が終わらないと工事ができないので、3チーム×半年で1年半かかってしまうのだ。

 安倍政権も最初は田中委員長の見通しを信じたようだが、今ごろになってあわてはじめた。電力会社も「半年で終わるのならじっと待っていよう」と思っていたが、このまま20年も原発が止まると、半分近い原発が廃炉になり、沖縄電力以外のすべての電力会社が債務超過になる。

 経産省は「2030年に原発比率を20%にする」というエネルギー基本計画を審議しているが、今のままでは2030年には既存の原発の半分も動かない。中長期のエネルギー計画より、まず原発を止めるルールを決めて正常化することが緊急に必要だ。

 それはテクニカルには簡単である。田中私案の例外規定を削除し、安全審査と運転を並行して行なう原子炉等規制法の原則に戻ればよい。安全確保という観点からも、今のように審査が「再稼動」とリンクしていると、拙速に審査しろという政治的圧力がかかりやすい。審査は運転と切り離し、ていねいにやるべきだ。

 しかし田中私案は安倍内閣の「安全性を確認した原発を再稼動する」という方針に昇格してしまったので、田中委員長が内閣の方針を変えることは政治的に困難だ(それが私案のままになっている原因だと思われる)。今年は2012年に改正された原子炉等規制法の3年目の見直しの時期にあたる。もうそろそろ放射能の恐怖から目を覚まし、法改正を議論してもいいのではないか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ゼレンスキー氏に領土割譲を促す=関係筋

ワールド

中国の習主席、台湾の野党次期党首に祝電で「国家統一

ビジネス

国内債券、1500億円程度積み増し 超長期債を中心

ワールド

自民と維新、最終合意目指しきょう再協議 閣外協力と
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「実は避けるべき」一品とは?
  • 4
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 5
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 6
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みん…
  • 7
    自重筋トレの王者「マッスルアップ」とは?...瞬発力…
  • 8
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 9
    「中国は危険」から「中国かっこいい」へ──ベトナム…
  • 10
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 5
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 6
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 7
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 8
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 9
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 10
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story