コラム

テロリストを英雄に仕立てる韓国の幼児的ナショナリズム

2013年11月19日(火)14時57分

 安重根という名前を知っている日本人はほとんどいないと思うが、韓国では「抗日闘争の英雄」である。といっても彼は建設的な事業をしたわけではなく、1909年に日本の初代韓国統監だった伊藤博文を暗殺したテロリストである。

 ところが韓国の朴槿恵大統領は、彼が伊藤を暗殺した中国のハルビン駅に記念碑を建設することを中国側に提案し、それが「順調に進んでいる」と表明した。テロリストを英雄として賞賛することも先進国では考えられないが、暗殺事件から100年以上たって記念碑を建てようと他国に提案する大統領も普通ではない。

 この一つの原因は、韓国があおっている反日感情の歴史的根拠がないことにある。韓国は1910年の日韓併合から終戦までの時期を「日帝36年」として批判しているが、その時期に日本の朝鮮総督府が韓国人を虐待した記録はほとんどない。一時は「強制連行」や「従軍慰安婦」などを持ち出したが、それも事実と異なると判明したころから、日韓併合前の事件を持ち出すようになった。

 確かにこの時期には抗日運動があり、当時の大韓帝国が日本の支配に抵抗したことも事実だ。しかしもともとは、李氏朝鮮の改革派が近代化の先輩だった日本の支援を求めたのが始まりだ。これが日清戦争の原因となり、勝った日本は朝鮮半島に介入せざるをえなくなった。

 それは近代化を始めたばかりの日本にとっても重荷であり、伊藤は韓国併合には反対した。しかし国内の強硬派や軍は朝鮮を満州侵略への足がかりにしようとしたので、彼はみずから統監となった。文官が軍を統括するのは異例で、軍は天皇の統帥権を理由にして反対したが、彼は軍を抑えるため、みずから現地の司令官を指揮したのだ。

 伊藤は直接支配には消極的で、「韓国八道より各十人の議員を選出し衆議院を組織すること」など、日本をモデルにした自治政府を考えていたが、日露戦争に勝った国内では対外的な膨張主義が強まり、最終的には彼も併合を了承した。しかし伊藤が暗殺されたため強硬派と慎重派のバランスが崩れ、抗日運動を弾圧して日韓併合が行なわれた。

 韓国の側からみると、中国との関係で格下と考えていた日本に支配され、民族としての誇りは傷ついただろう。しかし客観的に見て、今の北朝鮮に近い状態で多数の餓死者が出ていた韓国が独立することは、財政的に不可能だった。日本が支配しなければ、ロシアが支配しただろう。

 日韓併合のとき1300万人だった朝鮮の人口は、占領末期の1942年には2550万人に倍増し、工業生産は6倍以上になった。この時期の朝鮮の資本蓄積の90%は日本の資本によるものと推定されている。逆にいうと、日本の朝鮮統治は大幅な赤字だった。それは植民地支配という西洋的な概念とは違い、「東亜の盟主になる」という思い上がりで日本が朝鮮を「同化」しようとしたものだが、結果的には大失敗だった。

 戦争が終わると、韓国人は日本のインフラ投資に感謝しないで、反日感情を刺激してナショナリズムをあおり始めた。これは終戦直後にスターリンの指令で北朝鮮が始めたものだが、歴代の軍事政権は政治的危機に直面すると「民主化運動は日本の謀略だ」という宣伝を繰り返した。

 これに朝日新聞が「従軍慰安婦」の誤報で火に油を注ぎ、日韓関係は決定的に悪化した。親日的な言動を禁止する多くの法律が制定され、植民地時代の親日的な行動に刑事罰を課す親日反民族特別法が成立し、戦時中に遡及して親日派を摘発することになった。

 韓国政府は「朝鮮総督府は40%の土地を接収し、生産されたコメの半分を収奪した」などと国定教科書に書かせているが、総督府は基本的に朝鮮人の土地所有権を確認し、国有地は全国の土地の3%程度だった。コメの半分が日本に輸出されたのは日本の米価が朝鮮より30%ぐらい高かったからで、代金は朝鮮人の所得になったのだ。

 このような歴史を歪曲する教育は、事実と照合すればすぐ嘘とわかる幼稚な政治的宣伝である。朴大統領は「日韓共同で歴史教科書をつくろう」と呼びかけているが、そのためには今までの反日教育を清算することが条件だ。その気もないのに日本を攻撃する舞台を設定しようという政治的意図で言っているなら、日本は拒否すべきだ。安重根をめぐる彼女の言動をみても、反省する兆しはまったく見えないからだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

人民元、米の対中関税60%なら3.1%下落も=バー

ビジネス

国内超長期債、増加幅半減へ 新規制対応にめど=大樹

ワールド

ブリンケン米国務長官の訪中、「歓迎」と中国外務省

ビジネス

連合の春闘賃上げ率、4次集計は5.20% 中小組合
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 3

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲深くも「勇ましい」空軍のサルマ王女

  • 4

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 5

    パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972…

  • 6

    人類史上最速の人口減少国・韓国...状況を好転させる…

  • 7

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 8

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    アメリカ製ドローンはウクライナで役に立たなかった

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story