コラム

補助金漬けの「自然エネルギー」で脱原発はできるのか

2011年04月28日(木)22時17分

 ソフトバンクの孫正義社長は4月20日、「自然エネルギー財団」を設立すると発表した。財団には彼の個人資産10億円を投じて世界から100人の科学者を招き、再生可能エネルギーの研究やエネルギー政策の提言をしてもらうそうだが、「自然エネルギー」という言葉は不可解である。これは彼によると太陽光や風力などのことらしいが、石炭や石油も天然資源である。天然ガスは天然エネルギーではないのだろうか。

 すべてのエネルギーは自然の産物なので、自然エネルギーという言葉はナンセンスだ。太陽エネルギーや風力エネルギーは、再生可能エネルギーと呼ばれる。化石燃料のように燃やしたらなくなってしまう資源ではなく、いつまでも使うことができるという意味だ。しかしこうしたエネルギーは密度が低く、不安定で高価である。太陽光発電の単価は原子力や火力のほぼ7~10倍で、雨の日には使えない。それを蓄積する技術もほとんどないので、基幹的なエネルギーにはなりえない。

 孫氏は「太陽光発電は原子力より安い」という一方で、「自然エネルギーの固定価格買い取り制度を20年間に延長しろ」という。これは電力会社に再生可能エネルギーを買い取らせる制度で、実質的な補助金である。その買い取り価格は4月から42円/kWhだが、これは東京電力の電気代のほぼ3倍である。彼のいうように本当に太陽光が原子力より安くなるのなら、補助金なんか必要ないだろう。

 環境省は「再生可能エネルギーで原発40基分の発電が可能だ」という試算を発表したが、これは現在の補助金を前提にしたコスト計算であり、事業としては大赤字である。つまり再生可能エネルギーは、補助金漬けでないと成り立たない高価なエネルギーであり、ビジネスとして自立していないのだ。

 問題が「脱原発」だけなら、再生可能エネルギーより化石燃料のほうがはるかに効率的だ。小型のガスタービン発電は今すぐ増設でき、東京電力も今年の夏のピーク対策に使うと言っている。最近はシェールガスという岩石の中のガスを採掘する技術が実用化され、コストも原子力より安い。アメリカだけで160年分の埋蔵量があるので、供給の安定性も十分だ。いま最有力の代替エネルギーは、シェールガスによる熱電併給(工場で発電するとともに熱を供給する)だというのが、多くの専門家の意見である。

 ガスタービンは再生可能エネルギーと同様の分散型エネルギーなので、両者を組み合わせて、たとえば雨の日には太陽光の不足分をガスタービンで補うといった発電プラントも可能だろう。このような発電所はユーザーの近くにあるので、電力網もこうした分散エネルギーを制御して電圧を安定させる「スマート・グリッド」にする必要がある。

 今後しばらく、日本で原発を新たに建設することはむずかしいだろう。しかしエネルギー市場は変化が激しく、中東の政治的な影響を受けやすいので、特定のエネルギー源に特化するのは危険である。原子力も再生可能エネルギーも化石燃料も含めた多様なオプションをもち、市場の変化に応じて使い分ける必要がある。

 そもそも原発か脱原発かという問題の立て方がナンセンスで、まず考えるべきなのは、震災で供給制約に直面している日本で、いかに安価なエネルギーを安定して供給するかである。そのためには以前のコラムでも述べたように、送電網を電力会社から分離して競争を促進する規制改革が必要である。これは孫氏がかつて闘ったNTTの通信網と同じタイプの問題だが、通信より電力のほうがむずかしい。インターネットは切れてもかまわないが、電力が切れると大混乱になるからだ。

 しかし発送電の分離は欧米の一部では実現しており、技術的には可能である。かつてDSL(デジタル加入者線)で日本を世界のインターネット先進国にし、「光の道」論争でNTTのインフラ分離を激しく主張した孫氏には、再生可能エネルギーの補助金などという志の低い話ではなく、規制改革で電力会社に論争を挑んでほしい。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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