コラム

素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱

2025年12月22日(月)19時30分

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中間子論を提唱し、1949年に日本人として初めてノーベル賞(物理学賞)を受賞した湯川秀樹 Public domain

野村 ただ、「場の量子論」の枠組みに入るものの1つが「素粒子の標準模型」なのですが、重力は入っていないんです。普通の重力波の実験を書くぐらいだったらいいんですけど、例えばブラックホールの中心のような極限の話になると破綻してしまいます。

重力の理論自体はアインシュタインの「一般相対性理論」で説明できて、これを解いたことで宇宙が膨張していることやブラックホールがあることが分かりました。でも、この重力理論の中には量子力学の効果は一切入っていないんですよ。

 じゃあ今は、理論物理の人は「場の量子論」と「一般相対性理論」の2つを適宜使い分けて、宇宙の法則を解き明かそうとしているわけですね。

野村 普通はそれで十分なんです。でも本当は、量子力学的でありつつ、重力も含む理論があるはずなんですよね。量子の効果が効かないところだと、その理論は一般相対性理論に落ちていき、重力の効かないところだと場の量子論に落ちていくようなもの――アインシュタインの相対性理論で、スピードが全部光より遅いとニュートン力学に落ちていくように、両方を記述する理論があるはずなんです。

でも、なぜ今、完全な量子力学的重力理論がなくても大丈夫かと言うと、両方が同時に重要になってくるところがあまりないからです。それは、重力ってめちゃめちゃ弱いからなんです。

 物理学者ではない一般の人にとって、「自然の4つの力(重力、電磁気力、強い力、弱い力)」って言っても重力ぐらいしかピンとこないですし、日常生活で「あ、重いな」なんて、力を一番意識できるのは重力ですから、強いイメージがありますよね。

野村 でも最弱なんですよ。どのぐらい弱いかと言うと、電磁気力よりも40桁ほど弱いです。

だから、重力を考慮に入れないで素粒子の加速器実験とかを考えたら、その分の誤差が出るはずなんですけど、40桁目の数字がずれるぐらいです。

 だから、それを無視して記述しても大丈夫なんですね。

野村 40桁の精度でやれる実験はないですからね。

でも僕らは重力を感じるじゃないですか。それは、引力しかないという重力の特別な性質のせいなんです。たとえば僕らの体はたくさんの粒子でできていますが、電磁気やその他の力はプラスとマイナスでほとんど全部がキャンセルされます。でも、重力は引力しかないので、全部足し合わされちゃうんですよ。

だから、粒子がたくさんになると重力だけが単純に足し合わさっていくので、相対的に重力の効果が大きくなります。ところが、粒子がたくさんあるというのは、まさしく量子力学の効果が効かない状況なんです。

 量子力学は、すごく小さいところのゆらぎとか不確定性とか、そういう話ですものね。

野村 だから、大部分の場合は「場の量子論」と「一般相対性理論」のパッチワークで済むんです。

ところが両方が重要になってくるような極限状態、例えばブラックホールの中心とか、時空の始まりとかでは、両方を含んだ理論が必要です。でも、その理論を人類は持っていません。だから「宇宙の本当の始まりの理論」ができていないんです。

根源的な物理への情熱

 宇宙の根源を解明するには、ぜひ両方入った理論がほしいですね。

野村 「量子重力理論」って言うんですけど、僕らは見つけようと頑張っています。ただ、場の量子論に一般相対性理論を組み込んでみようとか、その逆をしてみようとかを普通にやろうとしても、成功しないんです。もう「1+1が3」みたいな理論になっちゃう。

みんなが長年探してもなかなか見つからなかったのですが、今は「超ひも理論」という有力候補があります。9次元空間を「ひも」のような数学的構造がフラフラしているときには、量子力学と重力の両方が入った理論がきれいに作れそうなのです。

ダークマターみたいに理論が1000通りもあったら、何が正しいかは実験で選ばなくてはなりません。でも、量子重力理論はある意味ラッキーなことに、一通りしか見つかっていないんです。

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ニューズウィーク日本版-YouTube

 つまり、観測で実証されなくても、理論を突きつめることに意味があるということですか。

野村 もちろん「実験をしなくても良い」ということにはなりません。でも、今のところ理論は一つしか候補がなく、他は基本的にすべて不成功です。なので、この一つの理論を調べることには意味があるように思えます。

しかも、この量子重力理論を突きつめていくと「マルチバース論」にもつながっていきます。マルチバース論は、もともと別の理由で「そういう考え方をしなくては、宇宙について説明ができないね」ということででてきたのですが、超ひも理論を用いた量子重力理論を考えていくと、実はそこに含まれていたんです。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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