コラム

素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱

2025年12月22日(月)19時30分

 先生の研究の中で、ご自身で「特に現代物理学に貢献した」と思う成果にはどのようなものがありますか?

野村 素粒子論のほうでは、先ほど話題になった「ヒッグス粒子を複合粒子と考える模型」や、重力以外の3つの力を上手く「大統一」する理論を構築したことですね。

 余剰次元を考慮したものですね。

野村 はい。ただ、今、素粒子論をやってないのは、もしマルチバースの枠組みが正しいとすると、宇宙ごとに素粒子の種類も違うんです。私たちの宇宙の17種ではなくて、100だったりする宇宙もあるはずで、そうすると素粒子自体をいくら調べても、自然界の基本構造には一切たどり着けないわけなんですよ。

 ああ、野村先生は「うちの宇宙」だけじゃなくて「全部の宇宙」、それこそマルチバースすべてにつながる理論を解明しようとしてるんですね。

野村 それが「量子重力理論」ですよね。

 非常に果てしなく感じますけれど、やっぱり理論家としてどこが面白いかと言われると、そこにやりがいを感じるんですね。

野村 僕は自然界の基本的な構造を解き明かすことに興味があったので。でも、それは素粒子の物理に意味がなくなるわけではないんですよ。

たとえば、地球しか知らなかったとしたら、物を落としたら時間の2乗で位置が動いていくというニュートンの法則も、窒素が何%、酸素が何%とかの地球の大気の組成も、両方基本的な「法則」だと思うかもしれません。

ところが火星にそれらを持っていくと、ニュートンの法則は使えるのに大気の組成は使えません。だから、両方基本的だと思っていたのは実は違ったということになります。一方はOSだったけれど、もう一方はアプリに過ぎなかったみたいなものです。

もちろんそれでも僕らは地球に住んでいる以上、アプリである地球の性質を調べることは重要です。でも僕の興味はOSのほうだったので、量子重力とかマルチバースにシフトしていったというわけです。

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ニューズウィーク日本版-YouTube

 野村先生は「私たちの宇宙」だけではなく他の宇宙もある、「マルチバースだ」と思ったから、この私たちの宇宙だけに通じる理論を追求するのではなく、全てに普遍なものを構築するために自分の研究人生を捧げようと思った、ということなんですね。

野村 そうです。もともと素粒子の研究をそういう理由で選んだのに、素粒子の性質はその地位ではなくなったっぽいんです。

 「素粒子論には地域性があった」みたいな感じだったんですよね。もっと普遍的な本当に根源のところをやりたいから、今、量子重力理論やマルチバース論をやってらっしゃる。

野村 根源的なものをやりたいから、「ファイナンスに行ってお金持ちになる」というような道を選ばずに、素粒子をやったんです。当時は、みんなこれが根源だと思ってたんですよ。

その後、サイエンスが発展して素粒子自体が必ずしもその地位ではなくなって、まだ確定はしていないですけど僕はそうなんじゃないかと思っている「マルチバース」という、よりファンダメンタルなものが現れたので、僕は研究テーマをシフトしていきました。

 先生の興味と研究テーマの変遷の経緯がよく分かりました。ありがとうございました。

※後編に続く

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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