コラム

素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱

2025年12月22日(月)19時30分

 先生、物理というか、この世界の理や成り立ちを考える時に、アイデアだけだったら、ある意味SF作家でも考えられますよね。

野村 そうそう、そうそう。

 そこを科学的に解明するというのは、理論物理学者たちが数学で解き明かすというか記述して、誰もが納得できる形にしていく。

ただ、理論は理論でそのままでは横槍が入るかもしれないから、観測によって実証してもらう。その流れができて、たとえばそれが素晴らしい研究だとノーベル賞をもらえたりする。

野村 そうですね。

 野村先生も「ヒッグス粒子は複合粒子である可能性がある」という理論を具体的に数式で記述したという素晴らしい研究がありますが、これはたとえば観測で実証できたら「野村粒子」と名付けられてノーベル賞を取る可能性もあるのではないですか。

野村 それはどうですかね。ヒッグス粒子も複合粒子になっているかもしれないというアイデアは、もちろん誰だって思いつくから、80年代ぐらいにはあったんです。

ところが、実験と合うような現実的な理論、ヒッグス粒子の性質を再現しつつ複合粒子な理論を書くというのが誰もできていなかった。

 それを最初にやったのが野村先生。すごいじゃないですか。

野村 若い頃の仕事です。でも、ノーベル賞ということなら、まずはヒッグス粒子が本当に複合粒子だと確認される必要があるし、もしそうなっても「どこが一番重要だったのか」みたいな話になりますよね。複合粒子ってアイデアを80年代に最初に出した人は、僕もよく知っていますけれどハーバード大学の教授とその共同研究者なので。

 ノーベル物理学賞は1回に3人までいけますから、野村先生も当然入るんじゃないですか。

野村 どうかな。僕の仕事自体3人で書いてますからね。科学って色々な人でちょっとずつやっていくものですからね。

ちなみに、ヒッグス粒子を複合粒子として現実な実験に合う理論を書いたというのも、複合粒子だと確信したからやったというわけではないんです。ダークマターの理論でもそうなんですけど、理論屋は色々な可能性を考えるんです。僕もいくつかの可能性を言っているので、候補は1000とかあるわけです。

観測的には(事実は)どれか1個なわけで「それが当たったらノーベルになるか」って言うと「そんなのはまぐれだ」っていうところもあるから、たぶん、もうそういう物理学では今後はノーベル賞受賞にはならないのではないかとも思うわけです。

たとえば僕が選考者だとしたら「たまたま当たった人」に賞をあげる気になるかというと、そうはならないのではないかと思うんですよね。理論的に革新的ことではないし、ランダムに打って当たったっていうのは特に大きな価値を見出せないというか。

akane_nomura3.jpg

ニューズウィーク日本版-YouTube

 実験屋さんのノーベル賞受賞でも、「超新星の爆発待ち」とか「ブラックホール同士がぶつかる待ち」をして、幸い生きてる間に事象が起きたということがありますね。

野村 実験の場合は、観測の精度を上げるためにアイデアをつぎ込んで、実際にお金を取ってきて装置を作って、間違いなく運用して、見つけて確認するわけだからすごいんです。たとえば、重力波なんか一般相対性理論で予言されているとおりに観測結果が出ているだけなんですけど、それを実際に検出すると言うのは大きな意義があるわけです。

ただ、これは正しくない言い方ですけど「理論的な知識は1つも増えていないっちゃ増えていない」んですよ。それでも、「本当にそうだったな」っていうふうに確認するのは大事なんです。それこそ、もし今までの理論が違ったりしたら、大発見なわけですから。

だから、実験の場合は検出自体は「たまたま」であっても、ものすごく大きな成果なんです。でも、僕ら理論屋がダークマターの理論を作るのって、2秒くらいでできちゃいますからね。

 2秒?!

野村 2秒は言い過ぎかもしれないですが、もう「場の量子論」っていう枠組みができちゃってるんですよ。その中で色々と具体的な模型を提唱するので。

今日の理論物理学者が格闘していること

 理論物理学者の方々って、自分では思いつかなかった数式だけど、野村先生が提唱した理論を聞いて「ああ、それはもっともらしいね」というような判断はできるものなんですか?

野村 すぐにできます。

 そうなんですね。その時の心境って「でも自分は考えつかなかったわ。脱帽だ」みたいな感じなんですか。

野村 それはあんまりないですね。昔......それこそ湯川秀樹さんの頃なんかは「どんな粒子があり得るのか」「それは場の量子論の枠組みで書けるか」なんてことが分からなかったので「新しい粒子を導入する」こと自体に意味がある時代でした。でも今は場の量子論という枠組みが完全にできていて、その中でやっていますから。

今分かっている素粒子は17種なんですけれど、理論では別にそれを19種にして考えてみてもよいわけです。たとえば「マルチバース」では17種ではない世界もあるかもしれないなど、色々選べるんですね。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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