コラム

素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱

2025年12月22日(月)19時30分

 先生、世の中では「ダークエネルギーは、ダークマターよりもますます訳が分からない」と思われています。

宇宙が広がるのを加速させたり、銀河同士なんて重いもの同士は引きつけ合いそうなのになぜ落ち込んでこないのだろうということを考えたりする時に、「ダークエネルギー」が登場するようですね。

野村 だいたいはそんな認識で大丈夫です。今まで話してきたダークマターはなんだかんだ言って物質です。「完全には知らん物質」です。

これはある意味、存在自体はそんなに不思議じゃありません。見方を変えれば、17種類の素粒子だって、20世紀の初めにはほとんど知られていなかったわけですから。まあちょっと不思議なのは、知らんやつの方が量の多いところでしょうか。

 それでも「ダークマターは質量もあるし、私たちが分かってるものに近いものかな」という感覚でよいのでしょうか。

野村 そうです。物質は物質なんです。僕らは光で相互作用するような電子とかでできているから光と相互作用するものは見やすいけれど、しないようなものは見にくいということです。で、ダークマターが25%。5%が素粒子の標準模型に出てくるもの。

 17種類の素粒子で記述できる、いわゆる私たちが知っている「物質」ですね。

野村 「知らん物質」のダークマターと、知っている「物質」を合わせて3割。ところが、残り7割を「ダークエネルギー」って言うんですけれど、こいつは物質ですらないんです。

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ニューズウィーク日本版-YouTube

ダークエネルギーは「知らんエネルギー」

 うーん。どうやって「物質ではないエネルギー」ということになったのですか。

野村 これは色々な人が色々なことをして徐々に判明してきたんですけれど、決定的だったのが98年に行われた観測で、後にノーベル賞を獲っています。

宇宙が膨張しているのは20世紀の頭に分かっています。膨張しているというのは、たとえば2つの銀河があると、その間の距離は時間と共に広がっていくという意味です。

ただし銀河同士が遠ざかっていても、お互い重力で引き合うはずだから、膨張のスピードは遅くなるはずなんですよ。それはもう「重力が引力」という性質なので、ダークマターだろうが何だろうが関係ない。物質である限り膨張は減速するはずなんです。

だから、みんな「減速パラメーター」を測ろうとしていたんです。たとえば、ちょっとずつ遅くなるならば、膨張するスピードは遅くなるけれどずっと膨張するでしょう。もっと早く遅くなっていれば、どこかで膨張は止まって宇宙は潰れてしまうかもしれない。だから、この遅くなり方を測れば、宇宙の将来が予測できるはずだと。

でも、98年頃にはすごく精度よく測れるようになったので測ってみたら、減速パラメーターは「負」だったんです。すなわち膨張は「加速していた」ってことですね。それがダークエネルギーがあるという証拠になりました。

これは物質がいくらあっても絶対に起こらない現象なので、「何か物質じゃないエネルギー源があるはずだ」となりました。何だか分からないエネルギーだから「知らんエネルギー」という意味でダークエネルギーと名付けました。ダークと言っても「暗い」わけではありません。

 evil(邪悪)なわけでもないんですよね。「宇宙から暗黒軍が攻めてくる」というわけでもなくて。

野村 そうです。「知らんエネルギー」と言いましたが「物質ではないこと」は分かっています。となると、1つの候補としては「真空のエネルギー」というものがあります。我々の周りから物質を全部取っていって、空気も取って真空にしたとしても、エネルギーは残るんです。

 まったくの「無」の世界にはならないってことですね。

野村 「エネルギーとは何か」と言うと、重力に影響を与えるものです。つまり、物質がなくなったとしても、空間は膨張したり収縮したりできるんですよ。空間があるってこと自体が実はエネルギー持っていて、膨張させたり、それを加速させたり、逆に収縮させたりもできるんです。

そして、この空間自体の持つエネルギーって、プラスでもマイナスでもあることができるんですね。真空のエネルギー、すなわち空間自体のエネルギーがプラスだと、空間を引っ剥がす、つまり膨張を加速するように働きます。

ダークエネルギーが真空エネルギーならば加速させられることは事実なのですが、だからと言って、ダークエネルギーが必ずしも真空エネルギーかどうかはまだ分かりません。

 真空エネルギー以外の、未知で加速させるエネルギーがあるかもしれないのですね。

野村 そういう意味で、「ダークエネルギー」というのは「分からんエネルギー」の総称です。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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