コラム

古川聡さんに聞いた宇宙生活のリアル...命を仲間に預ける環境で学んだ「人を信じること」の真価

2024年12月04日(水)17時00分

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宇宙滞在時に交信した学生から花束を受け取る古川さん(6月23日、東大安田講堂) 筆者撮影

本記事の前後編を通して、古川さんの真面目で誠実な性格と、次世代へ向ける温かい目は十分に伝わったのではないかと思うので、最後に実は茶目っ気もあることを紹介します。

前回(2011年)のISS滞在中、野球少年だった古川さんは若田光一さん(元JAXA宇宙飛行士)がかつて「一人野球」を試みたことを思い出しました。無重力状態では、ボールは豪速球でなくても真っ直ぐ前に進みます。なので、ピッチャーとしてボールを投げた後に、ボールが届く前に先回りしてバッターになって打つことができるのです。

古川さんはさらに発展させて、「投手、打者、野手の一人三役の宇宙野球」を実現しようと考えました。そこで、休日に他のクルーが来ない「きぼう」日本実験棟で練習を重ねました。

練習が必要なんです。というのは、普通に投げると自分が狙ったところよりもボールが上に行ってしまうんです。無重力では狙ったところにボールを真っ直ぐ押せばよいのですが、(地球での癖で)山なりに投げてしまうので。

無重力では誰でも大谷選手のようなレーザービームを投げられるのですが、そこを自分が追い越せるくらいのゆっくりとしたレーザービームを投げて、ハンドレール(手すり)を蹴ってボールよりも早く(仮想バッターボックスに向かって)飛んでいきます。宇宙ステーションにはバットがないので、ハンドマイクよりもちょっと大きいくらいの非常時に使う懐中電灯をバットの代わりにして打ちました。その後、また飛んでいって捕るのです。

古川さんは毎週土日に練習して、1カ月以上かけて「一人三役」ができるようになったそうです。練習は誰にも知られることなく、最後にうまくできるようになった後に仲間のクルーにお願いしてビデオ撮影をしてもらったと言います。残念ながら、今のところ宇宙野球のビデオは門外不出で一般公開はしていないとのことです。

奇妙な宇宙スポーツの映像は、子供だけでなく、大人もきっとワクワクし、宇宙と古川さんにさらに親しみが湧くことでしょう。いつか見られる機会が来ることを願いたいですね。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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