コラム

サルは選挙結果を予想できる? サルの判定と現実の勝敗が偶然以上の確率で一致...では、米大統領選2024の勝者は?

2024年09月27日(金)20時55分

ヒトは外見を含む第一印象によって他人を評価するという考えを裏付ける研究結果は豊富にありますが、これらの先入観の根底にあるメカニズムは未だ不明です。また、なぜ、何のために現代社会で存続しているのかも解明されていません。

今回、ペンシルバニア大の研究チームは、①広い顎や目立たない頬骨などの男性的な顔の特徴が選挙結果に寄与する、②サルが社会的優位性の判断基準に用いているシステムは、人間にも保存されているという仮説を立てました。そこで、候補者の背景や政策について知るはずがないアカゲザルを使って、視覚的特徴のみに基づいて勝者を当てられるかを実験しました。

アカゲザルは数十匹の群れで生活することが多く、集団では順位付けがされます。自分よりも地位の高いサルに視線を送り続けてアイコンタクトが起きると喧嘩の原因になるため、視線をそらす傾向があります。サルに対して、ボスザルとその個体よりも地位が低いサルの顔写真を並べて見せると、高確率で地位が低いサルの顔写真を見続けるという先行研究もあります。

研究者たちはこれらの習性を応用して、サルが長く見つめた候補者を「負け」、あまり見なかった候補者を「勝ち」として、実際の選挙結果とどのくらい合っているかを調べました。

激戦区では精度上昇

実験にはアカゲザルのオス3匹を使いました。彼らに1995年から2008年の間に行われた273回の米国知事選、上院選に出馬した候補者の顔写真を、勝者と敗者のペアにしてサルに見せると、54.6%という偶然以上の確率で敗者のほうに多くの視線を向けました。しかも、サルたちが両者間で見る割合の偏りが高ければ高いほど、勝者側の得票率が高いことも示されました。

さらに、アカゲザルの判定は、激戦区(両者の勢力が拮抗している地区)では精度が58.1%に上がることが明らかになりました。この結果は、実際の選挙で、激戦区の有権者が投票行動を決める「最後の一押し」に「顔」が大きく影響しているかもしれないことを示唆しています。

論文の中で研究者たちは「サルは、どの候補者の身元、政党所属、政策も知らなかったと想定される。アクセスできる唯一の情報は候補者の写真なので、サルは視覚的特徴に基づいて選挙結果と投票率を予測したことが示唆される」と主張しています。では、サルは具体的に顔のどのような特徴を判別して、視線に影響させていたのでしょうか。

研究者たちは、写真の候補者ペアが男女だった場合、女性に偏って視線を送る、つまり「負け判定を下す」傾向があることを突き止めました。そこで「サルは男性的な顔の特徴に敏感である」と考え、サルと人間のどちらにもオス(男性)に顕著に現れる特徴、①頬骨が狭い、②顎が広い、③顔の幅対高さの比率が高い、④下顔面突出が高い、について、写真を計測して確かめることにしました。

その結果、顎の突出度(顎の幅と頬骨の幅の比)がもっとも得票率に影響しており、平均すると、勝者の顎は敗者の顎よりも平均して約2%突出していることが分かりました。また、写真のペアが女性候補者同士の場合、より顎が突き出している女性に対してサルは「勝ち判定」を下す傾向があることも示されました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米クラフト・ハインツ、会社分割を発表 ともに上場は

ワールド

イラン高官「核協議の道閉ざされず」、米のミサイル制

ワールド

最恵国待遇の世界貿易、関税で72%に減少の公算=W

ビジネス

米建設支出、7月は前月比0.1%減 市場予想と一致
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 8
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story