コラム

オスだけ殺すタンパク質「Oscar(オス狩る)」のメカニズムが解明される

2022年11月29日(火)11時20分

90年には、ある種の寄生バチにおいて、ボルバキアによる単為生殖が行われることが観察されました。単為生殖でメスがオスを必要とせずに次世代を残す場合、生まれてくるのは必ずメスです。ボルバキアは母系伝播をするため、オスがいなくても自身の世代を繋げることに問題はありません。

その後97年に、ダンゴムシでボルバキアによる性転換が発見されます。ボルバキアに感染したダンゴムシのオスは、遺伝子的(遺伝子型)にはオスのままで、見た目(表現型)は完全なメスになります。ボルバキアの繁殖に貢献できないオスをメス化することによって、繁殖を効率的にすると考えられています。

性染色体の調節システムに着目

「オス殺し」は2000年代になって研究が進みました。ボルバキアにとって不要なオスを殺すことで、メスに十分な餌がいきわたり、自身の増殖に有利になるからとられた戦略と考えられます。

これまでに、チョウ目の昆虫では、リュウキュウムラサキ、チャハマキ、アワノメイガなどで報告されています。たとえば、アワノメイガはトウモロコシの害虫として知られていますが、ボルバキアに感染した母親が生んだ卵では、生まれるのはメスばかりという現象が起こります。発生の段階でオスのみが死んでしまうからです。

東大チームは、以前からチョウやガに対するボルバキアの「オス殺し」の実行因子とメカニズムの解明に取り組んでいました。これまでは、オス殺しの有力な候補因子は見つけられていたものの、作用機序などは不明でした。

今回、同チームは性染色体の調節システムに着目して、オス殺しタンパク質「Oscar」を発見し、メカニズムを解明しました。

ヒトの性染色体はオスがXY、メスがXXですが、チョウやガではオスがZZ、メスがZWとなっています。同じ染色体が2本ある方の性(ヒトならメス、チョウならオス)では、2本とも機能すると染色体から作られる産物が過剰になり、死に至ることもあるため、1本の染色体を不活性化するシステムがあります。

チョウやガのオスでは、2本のZ染色体上にある遺伝子の発現をMasculinizer(Masc)と呼ばれる遺伝子が調節しています。ボルバキアに感染するとMascがうまく働かなくなり、オスは死に至ります。そこで研究チームは、ボルバキアが作るタンパク質のうちMascと結合できてMascを抑制する効果があるものを探したところ、Oscarが見つかりました。Oscarは、培養細胞では様々なチョウ目昆虫由来のMascの機能を抑制したことから、チョウ目の昆虫において普遍的にオス殺しを誘導できる可能性があると言います。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、宇宙軍司令部アラバマ州に移転へ 前政権

ビジネス

米ISM製造業景気指数、8月は48.7 AI支出が

ワールド

トランプ政権のロスへの州兵派遣は法律に違反、地裁が

ビジネス

米クラフト・ハインツ、会社分割を発表 ともに上場は
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 8
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story