コラム

ヒトを襲い、弱い個体をいじめる 「優等生」イルカの知られざる一面

2022年10月04日(火)11時25分
イルカ

イルカは最高時速40~50キロで泳ぐことができるため、ぶつかると大けがにつながることも(写真はイメージです) Andrea Izzotti-iStock

<食用、観賞用、軍用──イルカの活用目的は歴史とともに変化してきた。水族館のショーやアニマルセラピーのイメージから「賢い」「フレンドリー」と認識されるイルカだが、付き合い方を誤ればヒトにとって危険な存在にもなり得る>

水族館のショーや海洋でのウォッチングで大人気のイルカ。トレーナーと協働して芸を行うほど人馴れして賢く、正面から顔を見ると笑っているように見えるところも可愛いと親しまれています。

けれど、近年はイルカが人間に危害を加えたり、動物兵器として活動したりするケースが報告されています。今年の夏は、福井県に1日に最大で6件もヒトを襲った「凶暴なイルカ」が現れました。米テレビ局のCNNは「ロシアは2月のウクライナ侵攻以来、クリミア半島に軍用イルカを配備していることが分かった」と報じています。

イルカはヒトの良き友人なのでしょうか。ヒトとイルカの関係の歴史を概観しましょう。

今日は「鑑賞目的」が主流、「アニマルセラピー」への利用も

イルカは、大雑把に言うと「体長4~5メートルまでの小さいクジラ」です。クジラは、地球最大の生物であるシロナガスクジラなどを含むヒゲクジラと、マッコウクジラやイルカ、シャチが含まれるハクジラに分類されます。

イルカの活用目的は、歴史とともに①食用、②観賞用、③軍用と変化し、多様になりました。

ヒトとイルカの初めての関わりは先史時代にさかのぼります。世界各地の貝塚からはイルカなどのクジラ類を食べたり、骨を道具として利用したりした跡が見つかっています。日本では縄文初期(約8000年前)の稲原貝塚(千葉県館山市)から、イルカの骨と黒曜石を使った石器が出土しています。

第二次世界大戦直後の食糧難の時期までは、日本では貴重なタンパク質源としてイルカ食は珍しくありませんでした。けれど、食が豊富になったこと、イルカは身体に占める脳の割合が大きく「知性の高い哺乳動物」だと分かったことなどから、最近は伝統的にイルカ漁が盛んな地域などに限られつつあります。

日本でのイルカ漁は、岩手県を中心とした東北地方の突き棒漁と和歌山県太地町の追い込み漁に代表されます。09年には、太地町のイルカ追い込み漁を批判的に描いた米ドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」が公開され、第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞しました。盗撮や編集手法に問題があるとされる同作ですが、反捕鯨団体や動物愛護団体のイルカ漁反対の根拠に使われるなど、未だに一定の影響を及ぼしています。

20世紀半ば以降のイルカの利用と言えば、水族館で飼育してショーで活躍させたり、野生イルカのドルフィンウォッチングで観光資源として活用したりする「鑑賞目的」が主流です。ただ見るだけではなく、触れ合ったり一緒に泳いだりする参加型のイベントも人気を集めています。近年はさらに派生して、イルカと触れ合うことによって癒やしを得る「アニマルセラピー」への利用も試みられています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米の日鉄投資計画承認、日米の経済関係強化につながる

ワールド

米空母、南シナ海から西進 中東情勢緊迫化

ビジネス

ECB、政策の柔軟性維持すべき 不確実性高い=独連

ワールド

韓国、対米通商交渉で作業部会立ち上げ 戦略立案へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story