コラム

人類滅亡まであと100秒... 科学的根拠のない「世界終末時計」に価値はあるのか

2022年02月08日(火)11時25分
2022年の残り時間発表の瞬間

米時間1月20日に発表された2022年の「残り時間」 Bulletin of the Atomic Scientists-YouTube

<毎年発表される「人類の残り時間」──進んだり戻ったりするこの数字はどこから来ている? 創設背景と今日の問題点を考察する>

アメリカの学術誌、原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientists)は1月末に、「世界終末時計(the Doomsday Clock)の2022年時点での残り時間は100秒」と発表しました。2020年から3年連続で、歴代の世界終末時計で最短時間を維持しています。

世界終末時計は、人類滅亡を午前0時に見立てた時計です。アナログ時計の文字盤の、左上15分間だけを示すデザインで描かれています。原子力科学者会報の表紙イラストとして、アメリカと旧ソビエト連邦が冷戦状態にあった1947年に、「0時まで残り7分」から始まりました。核戦争の可能性などの世界情勢を、人類への脅威という観点から分析して、「人類の残り時間」が毎年発表されています。

この時計の針は、進んだり戻ったりします。最も戻ったのは1991年、米ソが第一次戦略兵器削減条約(START1)に調印しソ連が崩壊した後で、17分前まで戻りました。

2022年は、アメリカとロシア、中国との間で緊張関係が続き、核兵器が高度化されていることや、イランの新たな核兵器開発問題、北朝鮮のミサイル発射などが人類を危機に陥らせる出来事として考慮されています。核問題以外でも、新型コロナウイルスのワクチンが行き渡る前に途上国で新たな変異株が登場したことや、気候変動への対応が遅れていることなども「0時まで残り100秒」を維持する原因となりました。

といっても、近年は「世界終末時計」の発表時に、「根拠がない」「ただの終末論でくだらない」などと酷評を浴びせられることも少なくありません。歴史的背景と問題点から、世界終末時計が告げるメッセージの正しい読み取り方を考察してみましょう。

原爆を開発した科学者らによって創設

シカゴ大は、第二次世界大戦中にアメリカによって原子爆弾が開発された「マンハッタン計画」で、原子炉作成とプルトニウム生産の実証実験という中心的な役割を担っていました。自分たちの研究によって日本への原爆投下が現実的になった1945年6月、ノーベル物理学賞受賞者のジェイムズ・フランクらシカゴ大の7名の科学者は、原爆の社会的、政治的影響を検討し、大統領側近の陸軍長官に「フランク・レポート」と呼ばれる報告書を提出しました。

報告書の中で、科学者たちは核兵器の脅威を述べ、「戦後は国家間の合意で核開発競争を防止すべきだ」「直近に迫る日本への原爆投下は無警告ですべきではない」と提言しました。しかし、陸軍長官が中心となって核エネルギーの議論をしていた委員会では、すでに5月末に日本に対する無警告投下を決定していたため、フランクリン・レポートの内容は無視されました。科学者に対しても何の返答もありませんでしたが、原爆の作成に関わった科学者自身によって核開発に警鐘を鳴らす行動は、後に科学者による核抑止・廃絶運動につながっていきます。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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