コラム

人類滅亡まであと100秒... 科学的根拠のない「世界終末時計」に価値はあるのか

2022年02月08日(火)11時25分

終戦直後の1945年9月には、フランク・レポートの作成に関わった科学者が中心となって、「シカゴ原子力科学者」という組織を作り、会報が創刊されました。会報の名称は翌年に「原子力科学者会報」に改定されました。

原子力科学者会報の表紙に「世界終末時計」が初めて描かれたのは、1947年6月です。時計の時刻は、当初はフランク・レポートを起草した編集主幹のユージン・ラビノウィッチが専門家の助言を得ながら決定していました。1973年にラビノウィッチが亡くなると、編集部がノーベル賞受賞者や安全保障の専門家らの意見を聞いて、毎年改定するようになりました。

原子力科学者会報は、核兵器が人類にもたらす脅威について科学者が見解と社会的責任を論じ、市民への啓蒙と警告を行なう場として発展していきます。誌面では、核の国際管理の提案、旧ソビエト連邦の核開発とアメリカの水爆開発の状況解説、核開発競争下での軍縮への提言や大気圏核実験の禁止などが議論されました。さらに、ラビノウィッチが中心人物の一人として開催を実現したパグウォッシュ会議は、「全ての核兵器と戦争の廃絶を訴える科学者による国際会議」として1957年から62回を数え、1995年にはノーベル平和賞も受賞しました。

何をもって時計の針は動いているのか

輝かしい活動につながり評価を受けた原子力科学者会報と主要メンバーですが、近年は世界終末時計について「オカルトだ」「根拠なく人々の不安を煽っているだけだ」と批判が高まっています。

理由の1つは、「科学者が提唱しているのに、科学的根拠がない」ことでしょう。つまり、世界終末時計の最初の設定時間「人類が滅亡する午前0時の7分前」の「7分」という数字はどこから来たのか、2020年に前年から秒針が20秒進んで「100秒前」となったが何をもって「20秒」と言えたのか、という疑問です。

科学者が成果発表する時は、根拠として数値データを挙げます。さらに、その値は「誤差の範囲内」なのか「誤差では済まされない意味がある差」なのかも検証します。世界終末時計には「前年よりも世界で核兵器が何%増えたら、0時までの時間を何秒減らす」というような数値データに基づく決定法はなく、現れる数値は唐突です。不満に思う人がいても不思議ではありません。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、宇宙軍司令部アラバマ州に移転へ 前政権

ビジネス

米ISM製造業景気指数、8月は48.7 AI支出が

ワールド

トランプ政権のロスへの州兵派遣は法律に違反、地裁が

ビジネス

米クラフト・ハインツ、会社分割を発表 ともに上場は
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 8
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story