コラム

あまりにも悲痛な事態を前に言葉を失うアメリカ社会

2020年03月31日(火)15時45分

セントラルパークの芝生に臨時病院の白いテントが設営される様子は、驚きをもって受け止められた David Delgado-REUTERS

<政権対策チームの専門家による「死者数が10万~20万」という悲観的な見通しを受けて、まるで米社会全体が立ちすくんでいるよう>

アメリカの週明けは、重苦しい雰囲気に包まれました。その伏線は、この3月29日の日曜日にありました。トランプ政権の専門家メンバーの1人である、アンソニー・ファウチ博士が、日曜朝の政治インタビュー番組に出演した際に「(新型コロナウイルスによる)アメリカでの死者は10万人から20万人単位となる」とコメントしたのです。

あまりにも悲観的な見通しのため、このニュースはすぐに各社が報じました。そして、その日の夕刻にはホワイトハウスの前庭で、大統領を中心としたコロナウイルス対策の定例会見が行われました。大統領から、医療器具の輸送体制に民間の運送業者(UPSとFedEx)が協力することなどが発表された後、質疑応答の部分でこの「死者10万人から20万人」という発言の真偽について、同席していたファウチ博士に質問が浴びせられました。

ファウチ博士は言説に筋を曲げない人として有名で、今回ももしかしたら楽観的な大統領との間にズレがあるのではないか、質問したNBCのケリー・オドネル記者にはそんな思惑も感じられたのです。ところが、演壇に立って回答したファウチ博士は「10万から20万というのは、ベストケースとワーストケースの予測値」だと述べ、ワーストケースとして全米で20万人が死亡することももあり得る、としたのです。

そして先週までは一方的な楽観論を振りまくばかりだったトランプ大統領も、この「死者10万から20万」という指摘を否定しませんでした。実は、CDC(米疾病予防管理センター)では、この2週間前に4つの感染シナリオに基づいて「全米の死者数は20万から170万の間」という見通しを公表していたのです。

見通しは「真っ暗」

その上でトランプ大統領は、今後のスケジュール見通しの修正を発表しました。まず、この30日に終わるはずだった「15日間の社会距離政策(ソーシャル・ディスタンシング、集会禁止などの政策)」を4月30日まで1カ月間延長するとしたのです。また、完全な経済活動の再開は当初主張していた「復活祭(4月12日)」ではなく、「6月1日」を目標とすると発表しました。

そんなわけで、真っ暗な見通しの中で週が明けたのですが、その30日の月曜日、ニューヨークの医療現場は非常に厳しい状況となっていました。午前10時半の市役所からの発表では、ニューヨーク市内の死者は累計で790でしたが、それから6時間後の午後4時半に行われた最新のデータ発表では、累計死亡者は914になっていたのです。

一部のタブロイド紙などは、「暗黒の6時間、2.9分に1人が死亡」などというセンセーショナルな報道をしていましたが、実際はデータの報告や集約にはタイムラグがあるので、この月曜日の6時間に124人が亡くなったわけではありません。そうではあるのですが、死亡数のペースが加速しているのは間違いありません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる

ビジネス

訂正-米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 10

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story