コラム

シナイ半島のロシア機墜落をめぐる各国の思惑とは?

2015年11月06日(金)17時15分

 さらに言えば、シシ政権というのは、ムスリム同胞団系のムルシー政権をクーデターで打倒し、経済活動の活性化、イスラエルとの関係修復などを進めていますが、では「西側」かというと、必ずしもそうではないわけです。中ロとの関係を強化して、上海協力機構にも加盟するなど、綱渡り的なバランス感覚を持った政権であり、政治的な思惑としてはロシアに協調しているという見方もしておく必要があります。

 反対に、米英としてはISILに対する警戒心が強いために、ISILの犯行声明にはどうしても敏感になります。また、その奥には「本当にISILのテロであるのなら、シリア問題でロシアとの協調の可能性が出てくる」という計算もありそうです。

 真犯人がISILであり、ロシアが本気でISILの凶悪性を認識すれば、シリア領内での「敵をISILだけに定めて」くれるかもしれない、そんな思惑です。その上で、自由シリア軍とロシアの緊張緩和、アサド大統領の「退場シナリオ」と「国際社会がのめるアサド後継政権づくり」への協調という流れが描ければ御の字というわけです。

 アメリカは、例えばチェチェンの問題でプーチン大統領が「テロの被害者としての正義」を思い切り政治的求心力に使ったことには懐疑的です。ですが、シリア情勢がここまで混沌としている以上、場合によっては「サリン使用疑惑」の際にロシアにアサドとの仲介をさせたドラマの再現として、今度は「共にISILだけを敵と定める」戦略にロシアを乗せるためには、ロシアが「テロの被害者」であれば好都合というような計算を描いているように見えます。

 そのアメリカは、オバマ大統領が「50人の精鋭地上部隊を軍事顧問としてシリア領内の対ISIL作戦に送る」という決定をしていますが、こちらに関しては、世論は疑いの目で見ています。アフガンとイラクの失敗に懲りているアメリカ世論は、ここでアメリカがシリアでの新たな地上戦闘に巻き込まれるのには拒絶反応があるのです。

 この「50人の派兵」に関しては、オバマ政権には議会民主党からも疑問が突きつけられているのが現状です。ですからオバマ政権としては、仮にロシアが「自由シリア軍を叩いているのでは?」というような妙な動きを止めて、スッキリと対ISIL作戦に集中してくれると同時に、「アサド政権の幕引き」に協力してくれれば、そうした国内からの批判をかわせると考えているかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国CPI、4月は前年比+2.9%に鈍化 予想下回

ビジネス

為替、購買力平価と市場実勢の大幅乖離に関心=日銀3

ビジネス

英GSK、1─3月利益と売上高が予想超え 通期利益

ビジネス

JPモルガン、ロシアで保有の資産差し押さえも
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 9

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story