コラム

米ファストフード業界で「時給15ドル」要求ストをめぐる議論

2013年12月12日(木)10時30分

 ただ、ストライキ中の労働者がデモを行っている様子などは、全米のメディアで報道されましたし、同時に賛否両論がネットの記事や、SNSでかなり広範な形で盛り上がっていたのは事実です。

 賛成論としては「若者の雇用環境が改善する」であるとか「購買力が広い範囲で改善され国内消費に寄与する」というような説に加えて、「ブランドの社会的イメージが向上し企業側にも有利」などというものもありました。

 反対論としては「廉価なファストフードが値上がりすることでインフレを加速する」とか「時給が大幅にアップすれば自動化が進んで雇用が縮小される」、あるいは「一社だけ改善しても、他が追随しなければ失敗するだけ」など、色々な声があります。中には「現在の時給でも採用待ちの予備軍が大量に存在する中で、時給アップを主張した人間は解雇されるだけだろう」というような悲観論もありました。

 企業側のコメントとしては、ウォルマートの「反論」が徹底していました。「そもそも人件費を大幅アップさせたら、巨大な雇用創出ができなくなる」とする一方で、「実際は最低賃金での雇用は少ないので、最低額を時給15ドルにしても全体への改善効果は少ない」などとして正面から要求を拒否しています。

 その一方で、今回話題になったマクドナルドはコメントを出していませんが、この会社の場合はオペレーションの多くがフランチャイズであるために、本部として現場の各店舗レベルの雇用に関するコメントは出しにくかったという解説もあります。

 この「ストライキ」と、これに付随した議論というのは、それ以上でも以下でもありません。そして、もしかしたら、この「スト戦術」というのは効果を生まないのかもしれません。そうではあるのですが、少なくともこうした運動が行われ、そしてそれに関する議論が盛り上がったということ自体は、決して悪いことではないように思います。少なくとも、こうした動きや議論があることで、アメリカ社会は「閉塞感」を緩和できているように思います。

 また賛成論と反対論というのは、明らかに民主党と共和党の対立軸を反映したものではありますが、お互いを罵倒するようなムードや、最初から決裂を決め込んで双方が絶叫調になるということもありませんでした。何よりも、労働者の「団体交渉権」という権利そのものは、「嫌い」であるとか「反対」という共和党系の人も含めて、とりあえず「権利」として社会的な認知はされている、そう見ても良いと思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 5

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 6

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 7

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story