コラム

富士通の会計システムが引き起こした英史上最大の冤罪事件 英政府が負担する1570億円の肩代わり求める声も

2022年02月17日(木)07時18分

富士通が開発した会計システム「ホライズン」は、英史上最大の冤罪事件を引き起こした Toru Hanai-REUTERS

<富士通製品の欠陥が原因の冤罪事件で、700人近いイギリスの準郵便局長が借金を背負い、投獄され、ホームレスに転落したり自殺するなどの苦しみを味わってきた>

[ロンドン発]富士通の会計システム「ホライゾン」の欠陥で700人近い準郵便局長が身に覚えのない罪に問われた英史上最大の冤罪事件の公聴会が始まった。英大衆紙デーリー・メールによると、20年超の歳月が過ぎ、自殺者を含め33人が正義の実現を待たずに他界したという。

ホライゾンによる支店口座の不足額を埋めるため借金したり、失職してホームレスに転落したりした元局長がいる。妊娠中に投獄されたり、結婚生活が破綻したり、子供が学校でいじめられ自傷行為に走ったりした例もある。全く心当たりのない罪に陥れられた元準郵便局長の声に耳を傾けると、みな涙なしでは冤罪の苦しみを語れなかった。

準郵便局長は、民営化された郵便事業会社ポストオフィスのフランチャイズとして地域の郵便局の窓口業務を担っている。1999年10月、富士通の会計システム「ホライゾン」が順次、地域の準郵便局に導入された。2000年から15年にかけ、ホライゾンの証拠に基づき窃盗や不正会計の嫌疑をかけられた準郵便局長は3500人にのぼると一部で報じられている。

09年に英専門誌コンピューター・ウィークリーが初めてホライゾンの欠陥で濡れ衣を着せられた7人の元準郵便局長を取り上げた。この事件を追いかけているジャーナリスト、ニック・ウォーリス氏が英BBC放送の番組で疑惑を報じた時、その数は55人に増えた。

18年に集団訴訟が始まった時、被害を訴える元局長は555人に達した。再審で700人近くの有罪判決が取り消される可能性があり、2400人から補償の申し立てが行われている。

2月14日からロンドンの国際紛争解決センターで始まった「ポストオフィス・ホライゾンIT公聴会」は元準郵便局長やポストオフィス、富士通、英政府関係者から証言や証拠を集め、20年以上にわたるホライゾンの導入と欠陥について明確にし、教訓が生かされているかどうか確かめるのが狙いだ。20年2月にボリス・ジョンソン英首相が公開調査を約束していた。

17歳から午前4時に起きて郵便配達

英ウェールズ北西部アングルシー島(人口約7万人)で生まれ育ったヒューイー・ノエル・トーマスさん(74)の第一言語はウェールズ語だ。義務教育を終えたトーマスさんは17歳の時、地元の郵便局で郵便配達を始めた。午前4時に起き、27キロメートル以上の距離を配達して回った。多くの住民と知り合い、18歳の時、妻エイラさんと結婚した。

kimura2022021601.jpg
筆者の取材に応じるヒューイー・ノエル・トーマスさん(筆者撮影)

両親の食料品店を受け継ぎ、店で郵便事業も手掛けるようになる。1980年に食料品店を売り、翌81年に準郵便局経営の権利を購入。91年にもう一軒、準郵便局の権利を手に入れてから仕事が忙しくなり、一度もホリデーを取っていない。問題のホライゾンは99年度に導入され、1日半トレーニングを受けたトーマスさんはマニュアルを見ながら操作するようになる。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 5

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 6

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story