コラム

「パラダイス文書」「パナマ文書」に見た記者魂 南ドイツ新聞がスクープを世界の仲間と共有した理由とは

2017年11月15日(水)16時44分

「パナマ文書」の流出元となったパナマの法律事務所モサック・フォンセカが入ったビル(2016年4月5日) Carlos Jasso-REUTERS

[ロンドン発]昨年の「パナマ文書」に続いて今年も「パラダイス文書」が世界中の調査報道ジャーナリストたちによって暴かれた。ターゲットはタックスヘイブン(租税回避地)だ。データを入手したのはいずれもドイツ・ミュンヘンに本社を置く南ドイツ新聞。米ワシントンのNPO(非営利団体)、国際調査報道ジャーナリスト連合 (ICIJ)の仲介でグローバルな協力体制を構築したことが連続スクープにつながった。

格差をあぶりだしたパラダイス文書

「パラダイス文書」はエリザベス英女王の資産管理団体やアップル、ナイキの名前が出てくることからも分かるように「パナマ文書」ほど、あくどくない。犯罪でも違法でもない、タックスヘイブンを利用した合法的な節税があぶり出された。貧困層には一生、縁がないタックスヘイブンを使って権力者やグローバル企業が巧みに節税している不公平さを厳しく問うている。

これに対し「パナマ文書」ではベネズエラの記者が解雇され、ロシアの記者が一時、身の危険を感じて国外に避難した。今年10月には、マルタの政治腐敗を追及した女性ジャーナリストが自動車ごと爆殺された。ペーパー会社や、真の所有者が誰か分からない無記名株、名義上の受益権所有者を使ってパナマの法律事務所モサック・フォンセカは国家元首や独裁者の腐敗、武器・麻薬取引、巨万の富を「秘密」のネットワークで覆い隠していた。

kimurachart171115.png
パナマ文書とパラダイス文書の比較  筆者作成

スクープとはライバル社を出し抜いて、誰も知らない事実を1社だけでいち早く報道することだ。しかし南ドイツ新聞の調査報道班バスティアン・オーバーマイヤーとフレデリック・オーバーマイヤーは「独占」ではなく、世界中の仲間たちと「協力」する道を選んだ。2人は同じ姓だが、兄弟でも親戚でもない。社内では「オーバーマイヤー・ブラザーズ」と呼ばれている。

南ドイツ新聞だけの「特ダネ」にすることを捨てた理由はいくつかある。入手したデータ量が膨大で、とても1社ではさばき切れない。情報が世界中にまたがり、言葉、それぞれの国の政治状況や闇社会といった厚い壁を南ドイツ新聞だけで打ち破るのは不可能だ。データ処理の専門知識や機材もない。インターネットに有料読者を奪われ、台所事情が苦しい新聞社の海外出張費は限られている。

紙面でドイツや欧州各国の政治スキャンダルや不正を大きく取り上げることはできても、中東、アフリカ、中南米のニュースにはそれほどスペースを割けない。しかし当事国では政権を揺るがすような事実がデータの中に埋もれている可能性が大なのだ。取材や報道の過程で独裁者や犯罪組織に命を狙われる恐れもある。協力すればデータばかりか命を奪われても他の仲間がプロジェクトを引き継いでくれる。

「オーバーマイヤー・ブラザーズ」はそう考えた。分散・自律・協調はインターネットの特性でもある。それにしても、どうして世紀のスクープ「パナマ文書」の情報提供者ジョン・ドゥ(匿名の人物という意味)は英語メディアではなく、マイナーなドイツ語メディアの南ドイツ新聞を選んだのか。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、英軍施設への反撃警告 ウクライナ支援巡る英

ワールド

中国主席に「均衡の取れた貿易」要求、仏大統領と欧州

ワールド

独、駐ロ大使を一時帰国 ロシアによるサイバー攻撃疑

ワールド

ブラジル南部豪雨、80人超死亡・100人超不明 避
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 3

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 6

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 7

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 10

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story