コラム

円安はなぜ「日本に追い風」でなくなった? このままでは途上国型経済に転落も

2022年06月07日(火)20時50分
日本の輸出

TORU HANAIーBLOOMBERG/GETTY IMAGES

<円安は日本企業の輸出に有利になるとされてきたが、現在の円安で日本経済はメリットを享受できていない。その構造的な問題とは>

円安が急速に進んだことで、「悪い円安」論に注目が集まっている。円安は日本経済にとって追い風になるというのがこれまでの通説だったが、今回はそれとは真逆の反応となっている。

理由の1つとされているのが、製造業の現地生産化による相対的な輸出の減少である。現地生産化によって円安メリットが減っているのであれば、生産拠点を日本に戻せばよいという見方も出てくるかもしれないが、そう単純な話ではない。

日本の製造業は1990年代以降、コストが安い中国や東南アジアに生産拠点をシフトしてきた。2020年度における日本企業の海外生産比率は22.4%となっており、90年度(4.6%)と比較すると大幅に増えている(内閣府調べ)。海外生産比率が上昇すると、日本からの輸出が減るので、円安のメリットを享受しにくい。

理屈上、日本国内に工場を戻せば円安による業績の拡大効果が期待できるはずだが、企業が生産拠点を再度、国内に戻すのは容易なことではない。生産拠点のシフトはサプライチェーンの再構築に相当するので、かなりの時間と手間がかかる。円安が完全に定着し、しかも今の水準よりさらに安くならないと企業は決断しにくいだろう(筆者の試算では少なくとも1ドル=150円程度でなければ大きな利益は得られない)。

生産拠点の海外シフトが進む一方で、実は日本の輸出に占める国産品の比率は現在でも高く推移している。日本の輸出に占める自国付加価値の比率は約83%であり、ドイツ(約77%)、韓国(約68%)、台湾(約60%)と比較するとかなり高い。日本は海外に頼らずに工業製品を輸出できているわけだが、それにもかかわらず、なぜ日本経済は円安のメリットを享受できないのだろうか。

低付加価値が最大の原因

最大の理由は輸出企業の競争力低下である。世界の輸出に占める日本企業のシェアは90年代以降、大幅に低下しており、製品単価も下落が続いた。経済産業省の調査によると、日本企業は市場の伸びが小さい分野でのシェアが高く、欧米企業は市場の伸びが大きい分野でのシェアが高いという特徴が見られる。つまり日本企業は、市場が伸びておらず、しかも価格を下げないと販売数量が伸びない製品(つまり付加価値が低い)を手掛けていることになる。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story