コラム

シリア内戦と日本の戦争体験はつながっている

2017年03月16日(木)11時53分

ISが1年間で民間人1500人以上を殺害していることは決して看過できるものではないが、政権軍とロシア軍で1万2000人以上の民間人を殺害していることは、異常なことである。さらに今年2月、国際的人権組織アムネスティ・インターナショナルがアサド政権下の軍刑務所での拷問の実態や、2011年から15年までの間に1万3000人の囚人が裁判にもかけられず処刑されていたとする報告書を出した。

「シリア・モナムール」で繰り返される政権軍による拘束者への暴行は、いまなお続いているのである。

私はシリア内戦を終わらせるために、アサド政権の戦争責任だけを追及すればよいとは考えないし、反政府勢力が政権を武力で打倒すれば問題が解決するとも思っていない。政権側と反政府勢力による政治的な話し合いによって停戦を実現し、内戦を終わらせ、政治的に再出発するしかない。しかし、最も重要なのは、シリア内戦の悲劇の根底にある政権側の暴力・武力行使を終わらせることであろう。

米国のトランプ大統領はISなどに対する「テロとの戦い」でアサド政権との協力を表明しているが、非人道的な強権の下で反対勢力に「テロリスト」と烙印を押して排除しても、悲劇が終わらないことは明らかである。

力任せの政権の攻勢は昨夏以降続き、12月には空からロシア軍、地上ではイラン革命防衛隊、レバノンのシーア派組織ヒズボラの援軍を受けて、政権軍は北部の都市アレッポ東部の反体制支配地域を陥落させた。しかし、強権や武力で反体制派を排除しても、国の再生は遠のくばかりであろう。

大きな犠牲を生む<空襲/空爆>の非人道性

シリア内戦6年を振り返って、改めて空爆の非人道性を痛感する。このコラムでもシリア内戦で最大の犠牲を生んでいるのが政権軍やロシア軍の空爆だと書いたことがある(シリア内戦で民間人を殺している「空爆」の非人道性)。

その記事の中でも書いたが、長崎県の佐世保出身だった私の亡母は、13歳の時に佐世保空襲(1945年6月29日未明)を経験し、空襲の下で逃げ回った体験を生前繰り返し語っていた。

3月上旬、私は佐世保にある長崎県立大学で講演する機会があり、佐世保を訪れた。佐世保を訪ねるのは15年ぶりだったが、11年前の2006年に、廃校となった旧戸尾小学校に市民の手で「佐世保空襲資料室」がオープンしていた。

旧戸尾小学校は戦前、母が通った尋常小学校だった。母の母校に空襲資料室ができていたことになる。展示物には様々な遺品とともに、終戦直後に撮影された焼け野原となった佐世保市中心部の写真があった。展示図書の中には1973年に発行された「佐世保空襲の記録編集会」編の『火の雨 1945.6.29 佐世保空襲の記録』という本があった。

記録集の中に「命日」という題で、空襲で母と妹を失った深町和子さんという人の文章があった。空襲の時、13歳とあるから、私の母と同じ年である。深町さんの家は父母と、10歳の弟、7歳の妹で、空襲が始まり焼夷弾が投下されるなかを逃げ、家族と離れ離れになった。空襲が終わり、深町さんは家族を探した。弟は肩を骨折して父親に背負われていた。母と妹は海軍の水兵さんに運ばれてきた。深町さんは母と妹をみた時の様子を次のように書く。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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