コラム

日本と中東の男女格差はどちらが深刻か

2016年11月02日(水)19時28分

kawakami161102-C.jpg

左:サウジアラビアの国立病院の眼科部長のセルワ・ハッザさん(2008年)、右:ヨルダンの南部の市で市長に選ばれたラナ・ハジャヤさん(2007年)(写真提供:筆者)

 首都リヤドにある国立キングファイサル病院で初の女性部長となったセルワ・ハッザ眼科部長(当時45歳)は、1960年代に女子教育が始まったサウジでは「女子教育第一世代」だった。米国に留学して眼科医として働きはじめ、80年代半ばに彼女の研究結果が学会の開会式で表彰されることになった。受賞者の名前が呼ばれ、次々と壇上に上がって王族から賞状を授与された。しかし、ハッザさんの名前は呼ばれなかったという。

 ハッザさんは会の小休止の間に王族の方に歩いていき、「閣下、私は賞をいただきにまいりました。もし、テレビの前で女性に賞を与えるのをお気になさるならば、テレビを止めても結構です」と言ったという。王族は「分かった」と答え、会の再開後、ハッザさんの名前が呼ばれた。

 いまではサウジの学会でも女性が賞を受けることは珍しいことではなくなったという。ハッザさんは「欧米はいつもサウジの女性がどんなに遅れているかばかり問題にする。しかし、文化が変わるには時間がかかる。私たちは私たちのペースで、確実に進んでいる」と語った。日本では150年近く前の明治5年(1872年)の学制発布で女子教育が始まったことを考えると、日本はとてもサウジの状況をわらう立場にはないことになる。

 2007年にヨルダンで行われた統一地方選挙を取材した時、90余りの市で市長選挙があり、その中で唯一女性市長に当選した南部ハサ市のラナ・ハジャヤさん(当時30歳)に話を聞いた。ハサ市はヨルダンでも男性優位の部族的な伝統が強い南部地域にあり、女性市長の誕生は異例のことだった。

 ハジャヤさんはハサ市で地域開発を行う技師として勤務したことから、28歳で地方自治省から突然、市長に任命された。市長はまだ政府の任命だった。就任当初、市長室に年配の男性が来て、ハジャヤさんがいるのを見て、出て行った。もう一度のぞいて「市長はどこだ」と聞いた。ハジャヤさんが「私です」と答えると、男性は急にかしこまって「水道の水が出ません」と訴えた。「今日、担当者を行かせます」というと、男性は「今日と言ってくれた市長さんは初めてです」と感激した。それまでの市長は自分の部族から職員を雇い、事業でも優先した。それが当たり前になっていたが、ハジャヤさんは部族ではなく、市民の利益になるかどうかで優先順位を決めた。

 問題があれば市役所に部族長や宗教指導者などを招いて、意見を聞いた。会合では男性同士怒鳴りあっても、市長のハジャヤさんに話す時には一転丁寧で穏やかな口調になった。「イスラムでは男性は女性を保護し、尊重しなくてはなりません。女性を侮辱したり、感情的になったりすることは、男性としては許されないことです。みなさんとても協力的でした」と語った。

 官選市長として3年務めた実績が市民に支持され、初の公選制で市長に選ばれた。ハジャヤさんは「女性はなかなか機会が与えられませんが、公職につけば地域をまとめる力を発揮することができます」と語った。

 ヨルダン南部で国際協力機構(JICA)が女性たちに山羊の放牧や養蜂などを始めるための小型融資をし、女性の収入創出とエンパワメント事業を10年以上実施したことがある。その取材をした時に、日本人のプロジェクト担当者が、ヨルダンでは女性が事業を始めて収入が生じると夫もその事業を手伝うようになり、家族事業のようになる、と語った。

 私も事業に参加している夫婦を数組訪ねて話を聞いたが、事業を始める前は夫だけの収入で、妻がお金の使い方や家族の在り方について意見を述べることはなかったが、自分に収入ができると、初めて何に使うかを夫と対等に相談するようになったという。

 女性市長のハジャヤさんの話や、JICAのプロジェクトに参加した女性たちの話を聞くと、イスラム世界での男女格差は、女性差別の発想からくるのではなく、男性中心の伝統に由来するもので、女性が教育を受け、社会に出て働いたり、社会的な地位についたりすることによって、男性と女性の関係は変わりうるということではないか、と思える。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 9

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story