コラム

東京五輪の成功がわが祖国・中国を変える

2013年10月21日(月)09時00分

今週のコラムニスト:李小牧

〔10月15日号掲載〕

 前回もお伝えしたが、私は出演した映画『人間(ningen)』がトロント国際映画祭に招待されたため、9月初めにカナダにいた。憧れのレッドカーペットを歩き、中国人と日本人、さらにフランス人とトルコ人が力を合わせてつくった「わが子」が栄冠を勝ち取る瞬間を待った。

 そしてその瞬間がついにやって来た。「わが子」が見事に偉業を成し遂げたのだ!──ただし、栄冠を勝ち取ったのは『ningen』ではなく、歌舞伎町案内人が25年間過ごした最愛の街、Tokyoだ。

 ご存じのとおり、私がトロント滞在中だった9月7日、IOC(国際オリンピック委員会)の総会がアルゼンチンで開かれ、東京がトルコのイスタンブールとスペインのマドリードを抑えて、2020年夏季オリンピックの開催地に選ばれた。

 浮気がばれて、中国人の妻にハイヒールのかかとで頭を殴られても泣かない私が、この時ばかりはうれし泣きに泣いた。中国のマイクロブログ新浪微博(シンランウェイボー)で「トロントで東京の成功をお祝いする!」と喜びの声を書き込むと、早速バカな中国人ネットユーザーから「漢奸(売国奴)!」と返信があった。だが構うものか。

 長年日本で苦労を重ねてきたわれわれ在日中国人にとって、08年の北京に続き、第二の故郷である日本でオリンピックが開かれるのは何よりの喜びだ。ネットを通じた妄想でしか日本を知らない「噴青(フェンチン、中国版ネット右翼)」とは訳が違う。

■あの薄煕来が東京五輪に来る?

 2020年の夏、私はちょうど60歳になっている。日本人の前妻との間にできた長男は25歳。彼は今、日本の大学で中国文学を学んでいる。来年小学1年生になる中国人妻との間の次男は13歳。彼は問題なく中国語をしゃべれる。今の私の目標は、2020年に3人で「東京五輪案内人」として五輪観戦に来た中国人観光客をガイドすることだ!

 アベノミクスと五輪のおかげで、日本はすべてが上向きに変わった。まるで25年前、私がやって来たばかりの頃のバブルが再来しかけているようだ。インフラや見た目は大きく変わらないかもしれない。ただ久々の国際的イベントをきっかけに、7年後の東京と日本人の「中身」は、今とは大きく変わっているだろう。

 わが祖国、中国にとっても東京五輪は人ごとではない。前回、東京五輪が開かれた1964年の中国はソ連との戦争準備で大忙しで、隣の国のオリンピックどころではなかった(そもそも日本との国交がなかった)。

 ただ今回は違う。共産党にとってまずい情報を検閲する「防火長城(グレート・ファイアウォール)」があるとはいえ、今はネットを通じてかなりのニュースが入る時代。民主的な日本で開かれるオリンピックの盛り上がりは、残念ながら民主主義のまだまだ足りないわが祖国を大いに刺激するはずだ。

 影響力のある微博ユーザーを突然、買春容疑で逮捕するなど、最近の中国政府は自分たちの意にそぐわない勢力を容赦なく取り締まり始めている。汚職で有罪になった政治家の薄煕来(ボー・シーライ)も、やっていたことはマフィア摘発や貧しい人の生活改善で、習近平(シー・チンピン)国家主席の政策と変わらない。要は政治的な派閥争いにすぎない。

 ただいくら政府が圧力を強めたところで、自由や民主主義を求める中国国民の流れは止められない。もし共産党がその流れを無理に押しとどめようとすれば、ひょっとして東京五輪を待たず中国に「大変化」が訪れるかもしれない。

 聞くところによれば、薄煕来は何年か前に東京にこっそりやって来て、歌舞伎町を「視察」したこともあるのだとか。2020年に彼が堂々と東京を再訪し、わが歌舞伎町の「レッドカーペット」を歩く日が来る......かもしれない。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

三菱商事、今期26%減益見込む LNGの価格下落な

ワールド

インド4月自動車販売、大手4社まだら模様 景気減速

ワールド

米、中国・香港からの小口輸入品免税撤廃 混乱懸念も

ワールド

アングル:米とウクライナの資源協定、収益化は10年
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 6
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story