コラム

モラトリアム法がなくなっても「ゾンビ企業」は生き延びる

2013年03月12日(火)18時02分

 政府・与党は、3月末で期限切れとなる中小企業金融円滑化法(モラトリアム法)を再延長しないことを決めた。この法律はリーマンショック後の不況のとき、亀井静香金融担当相(当時)がつくった時限立法で、本来は2011年3月に切れる予定だったが、2年延長されていたものだ。

 この法律は、中小企業などが金融機関に返済猶予や金利の軽減を申し入れた際に、できる限り貸付条件の変更を行うよう努めることなどを定め、企業が破綻した場合は貸し倒れ債務の40%を公的に補填する。昨年9月までの中小企業向けの返済猶予の実行件数は363万件、金額は100兆円にのぼる。対象になった企業は32万社で、これは中小企業の8%以上に及ぶ。

 公明党はぎりぎりまで「半年延長してほしい」といっていたが、最終的には政府が「法の趣旨を踏まえて終了後も金融支援を続ける」と約束して決着したという。金融庁は銀行に対して内々に「急に金融支援を打ち切ることのないように」と行政指導しているといわれ、実態はあまり変わりそうにない。

片山さつき参議院議員のブログによると、政府系金融機関から「経営支援型セーフティネット貸し付け」5兆円、信用保証協会から5兆円の「資金繰り支援」が行なわれるほか、「地域経済活性化支援機構」という政府系ファンドが創設され、政府保証枠1兆円が創設されるなど、盛りだくさんの救済措置が準備されている。

 こうした金融支援は当の企業にとってはありがたいだろうが、いつまでも続くと、企業は営業努力をしないで役所に陳情するテクニックを磨くことになる。両者はまったく違う仕事である。営業努力はつねに収益を上げなければならないが、役所に陳情するときはなるべく大きな赤字が出ているほうがいい。

 こういう救済措置を繰り返してきた結果、日本の中小企業は収益を上げないで役所に泣きつく癖がついてしまった。おまけに雇用調整助成金で一時帰休している社員の休業補償の2/3を役所が出してくれるので、人員整理もしない。みんな仲よく問題を先送りし、社長の最大の仕事は役所や銀行から運転資金を引っ張ってくることだ。

 こういう企業を、星岳雄氏(スタンフォード大学教授)はゾンビ企業と呼んでいる。これは市場から退出すべき古い企業が銀行や政府の支援を受けて生き延びているもので、90年代のバブル崩壊で急増し、2000年代になってもあまり減少していない。人材がこういう企業に閉じ込められているため、新しい企業にいい人材が集まらない。

 自民党も民主党も一貫して、ゾンビ企業を延命する政策をとってきた。自民党政権の公共事業の真のねらいは、業績の悪化した地方の土建業者の救済であり、民主党政権の雇用調整助成金やモラトリアム法も、ゾンビ企業の社内失業者を守る政策だ。おかげで企業の新陳代謝が進まないことが、20年以上にわたる長期停滞の元凶である。

 安倍首相の進めている日銀の超緩和政策は、こういう問題の先送りを促進する。ゾンビ企業が資金を有効利用しなくても、金利はゼロだからコスト意識が出てこない。社員を遊ばせていても役所が雇用調整助成金で赤字を補填してくれる。こんな状況で、誰がきびしいリストラをするだろうか。

 ところが安倍首相は、こうした構造改革については何一つ具体策を出さない。夏の参議院選挙までは、痛みをともなう政策は徹底的に先送りする方針らしい。小泉政権で株価が上がったのは、彼が勘違いしているように量的緩和のおかげではなく、構造改革のおかげだ。その甘い部分だけをつまみ食いするアベノミクスは、小泉改革のような成果を上げることはできないだろう。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国の米国産大豆の購入は「予定通り」─米財務長官=

ワールド

ハセットNEC委員長、次期FRB議長の最有力候補に

ビジネス

中国アリババ、7─9月期は増収減益 配送サービス拡

ビジネス

米国株式市場・午前=エヌビディアが2カ月ぶり安値、
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story