コラム

大学教育を否定する、ユニクロ「大学1年4月採用」の衝撃

2011年12月22日(木)17時30分

 毎年、秋になると授業に出てくる学生が減るが、今年は12月になってがっくり減った。就職活動の解禁が12月になったからだ。就活には「学業のさまたげになる」という批判が強いが、これは今に始まったことではない。私が学生のころから「青田買い」批判があり、政府が規制したこともあったが、企業が抜け駆けするため空文化し、その実態に合わせて協定が廃止されると就活が繰り上がる・・・といういたちごっこが繰り返されてきた。

 これはゲーム理論でおなじみの「囚人のジレンマ」で、みんなが協定を守っている場合には自社だけ抜け駆けしていい人材を採ったほうが得だし、みんなが協定を守らないなら自分だけ守ると損をするので、協定を守らないことが合理的になるのだ。これを徹底すると、就職協定を無視して大学1年で採用することが合理的行動になる。

 そういう企業が登場した。「ユニクロ」を経営するファーストリテイリングの柳井正社長は、大学1年で採用する方針を表明した。すでに今年の4月2日に、内定を出したという。この社員は在学中は店舗でアルバイトをし、卒業と同時に正社員になる予定だが、4月3日に退学して正社員になったほうがいい。ユニクロの年収は300万円ぐらいなので、4年間で1200万円になる。大学の授業料は私立だと3年分で400万円以上になるから、大学を中退して就職すれば、合計1600万円以上も得になる。

 こういう雇用慣行は、昔はあった。外交官には大卒の資格が必要なかったので、外交官試験に在学中に合格した学生は中退するのが普通で、外務省では「大学中退」がエリートだった(今は外交官試験が廃止されたので普通の公務員と同じ)。しかし、これは役所が「大学で4年間勉強しても社会では役に立たない」と考えていることになる。それなら高校生は、なぜ多大なエネルギーをかけて受験勉強するのだろうか?

 それは大学がシグナリングの機能をもっているからだ。企業が労働者を採用するとき、誰の能力が高いかを判別することはむずかしい。面接しても誰もが「私は能力がある」とアピールするので、優劣がつけにくい。こういうとき多くの人が合格に多大な労力をかけ、点数で序列がはっきりしている入学試験があれば、卒業した大学を見るだけで学力試験をしなくてもいい。

 つまり学歴は「私は**大学の入学試験に合格できる能力がある」というシグナルを出しているだけで、4年間の勉強は企業にほとんど評価されていないのだ。世界銀行などの調査でも、経済成長に教育のもたらす効果は統計的に有意ではなく、特に大学教育はほとんど寄与していない。しかし大学に進学することによって生涯賃金は上がり、高卒との収益率の差は拡大している。これは学歴のシグナリング機能によって、いい職につけるからだ。

 だから大学は第一義的にはシグナリングの装置であり、大学進学は私的には収益率が高いが社会的には浪費だ、というのが多くの実証研究の結果である。もちろん高度な技術を身につける場としては意味があるが、そういう学生は理科系の一部である。一般教養を学ぶ場も必要だが、それは社会に出てからでも身につく。

 特に日本の企業は、文科系の大学で何を勉強したかは問わず、専門とは無関係の部署に配属して社内教育で人材を育成する。長期雇用でいろいろな仕事をさせるためには、大学の専門なんか意味がなく「コミュニケーション能力」や「バイタリティ」があればいいのだ。もちろん元気だけよくても頭が悪いと使い物にならないので、それは学歴が重要なシグナルになる。

 だから大学1年の4月に採用するユニクロは「日本の大学にはシグナリング装置としての意味はあるが、教育機関としては意味がない」と宣告しているのであり、残念ながらそれは正しいのだ。形骸化した就職協定なんかやめて企業が自由に採用し、「大卒採用」をやめて「大学合格」を入社の条件にすれば、就活は大学1年に繰り上がり、採用が内定した優秀な学生から中退するようになるだろう。そのとき大学教育の内容が本当に問われる。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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