コラム

ユヴァル・ノア・ハラリ×オードリー・タン対談(1/3)──「ピンクのマスクはカッコいい」、誰もがルールづくりに参画できる社会の到来

2020年07月15日(水)15時25分

タン 企業、業界を超えたデータコラボレーションの仕組みは、「このサービスを利用する場合は、アプリをインストールしてください」と命令する国家や多国籍企業が社会に与えるインパクトよりも、圧倒的にパワフルであることがいずれ明らかになることと思います。

台湾のパンデミック対策が成功した1つの理由は、データをクラウドに保存するのではなく、個人のデバイスだけにデータを保存し、必要なときに必要なデータだけを共有するという考え方をベースにした、ユーザーと企業の協力体制にあるのだと思います。

ハラリ それについて一つ意見を言わせてください。 私は技術がすべてを決定するとは考えていません。技術的決定論を信じているわけではありません。つまり監視資本主義や監視全体主義のようなものは、アメリカでも中国でも、現在の技術的躍進の必然的な結果だとは思いません。

技術発展の結果ではありませんが、これまでの歴史の中で一度も見たことのない新種の全体主義が台頭してきていることもまた事実です。それは人々の行動を常にウォッチすることが、技術的に可能になったからです。これがわれわれが直面している最大の危険です。

スターリンのロシアでも毛沢東の中国でも、20世紀の最も暗黒の時期であっても、常にすべての人の行動をウォッチすることは技術的に不可能でした。あなたのことをあなた以上によく知ることは、単に技術的に不可能だったんです。

警察や政府の捜査官、KGBの捜査官が24時間、国民全員を尾行する必要があるとすれば、捜査官が足りません。たとえ捜査官が十分にいたとしても、彼らが作成する紙の報告書を全部読んで分析することなど、不可能です。

それが今では技術的には実現可能になりつつあるのです。捜査官は必要ありません。センサーやカメラ、マイクが全て揃っているからで、人間のアナリストも必要ありません。AIの機械学習があるからです。監視全体主義の可能性が出てきたわけです。ですが、必ずしもそうなる必要はありません。台湾で行われているように、正しい行動を取れば、このディストピア的なシナリオを防ぐことができると思います。

同じ技術を使って全く違う種類の政権を作ることができるということを、われわれは20世紀を通じて見てきました。韓国と北朝鮮を見てください。同じ民族、同じ地理、同じ歴史、同じ文化を持ち、同じ技術を使って、全く異なる種類の政権を作っています。

しかし、正しく技術を利用し、デジタル独裁の台頭を防ぐことに成功したとしたとしても、さらに深遠な問いが存在します。もしある政府が私たちを常にウォッチし、そのデータが責任ある安全な方法で収集され、政府や大企業のためではなく、私たちのためにデータが使われるようになったとします。
一見良さそうな状況ですが、そんな状況でも、深遠で哲学的な問いが残ります。どこの学校へ行くのか、どこに就職するのか、誰と結婚するのか、といった人生の中で最も重要な決断において、人間ではなくアルゴリズムが決めるようになる可能性があります。

オンライン政府が強制的に何かをわれわれにさせる、という話ではありません。自分自身よりもアルゴリズムのほうがわれわれのことをよく知っていて、よりよいレコメンデーションができると、われわれ自身が考えるようになるという話です。われわれが、人生の決断をますますアルゴリズムに頼り始めるという話です。

アルゴリズムは常に改良され続けます。それにアルゴリズムは完璧である必要はありません。人間がする予測の平均値よりも、優れていればいいだけなのです。アルゴリズムが改良されるにつれ、人々が自分の判断を信じるより、アルゴリズムを信じるようになる可能性があります。

哲学的には、これは我々の時代の本当に大きな問題だと思います。デジタル独裁のディストピア的なシナリオを防ぐことができたとしても、私たちは民主的なアルゴリズムにどう対処すればいいのでしょうか。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国外相がアフガン訪問、鉱物資源探査や一帯一路参加

ビジネス

米国株式市場=ナスダック・S&P続落、ハイテク株に

ワールド

NATO制服組トップ、ウクライナ「安全保証」米主導

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、トランプ氏のFRB理事辞任
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 2
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 3
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自然に近い」と開発企業
  • 4
    夏の終わりに襲い掛かる「8月病」...心理学のプロが…
  • 5
    広大な駐車場が一面、墓場に...ヨーロッパの山火事、…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    習近平「失脚説」は本当なのか?──「2つのテスト」で…
  • 8
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 9
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 10
    【クイズ】沖縄にも生息、人を襲うことも...「最恐の…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 4
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 5
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 9
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 10
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story