コラム

ユヴァル・ノア・ハラリ×オードリー・タン対談(1/3)──「ピンクのマスクはカッコいい」、誰もがルールづくりに参画できる社会の到来

2020年07月15日(水)15時25分

タン ではそのことについて議論していきましょう。アルゴリズムのことを「コード 」と呼ぶことにしますね。わたしがコードというと、アルゴリズムのことだと思ってください。コードはもちろん、ユヴァルが説明したようなインパクトを持っています。

コードはLawです。Lawといっても、法律ではなく、法則のようなものです。コードは、何が起こりうるか、何が起こらないかを決定する、サイバースペースにおける物理の法則のようなものなのです。サイバースペースの法則では「こういうことは起こらない」とコードで規定されていると、物理の法則同様にまず起こらない。ただ天才ハッカーの手にかかれば、物理の法則と違って「絶対に起こらない」とは言い切れないところがあります。とは言うものの、ほとんどの人にとっては、コードによって事前に規制されているので、それは起こらないと考えていいでしょう。

ですから、何が透明であるべきかということも決めることができます。例えば、台湾のように「市民に対して国家の行動を透明化」することもできますし、中国のように「国家に対して市民の行動を透明化」することもできます。

私たちが社会の一部としてコードを配備するたびに、それは規範を確立します。つまり、物理学のように、何が合法なのか、何が可能なのかさえコードが教えてくれるのです。「今日は物理の法則に違反しよう」などということは考えられないように、コードに反することはできません。

それは基本的に、今の私たちの文字ベースの規範とは全く違う立ち位置を持っています。市民が今の文字の法律に服従したくないのなら、2014年にやったように、故意に国会を占拠するでしょう。そして、それが合法だと主張して、裁判官を納得させればいい。

つまりコードを書くとき、法の下の公平さが担保されるべきだし、開かれた未来へ誰もがアクセスできるようにすべきです。もしそのコードの社会的影響に関して意見が分かれたとき、もし社会規範によって合意された結果になるのであれば、ポジティブな影響になります。一方、 少数の人だけが得をし、他のすべての人を制限するようなものであれば、ネガティブな社会的影響になります。

たとえそれが何万人ものプログラマーによって作られたコードであったとしても、社会規範に反するものであれば、それは一種の制限でありネガティブな社会的影響ということになります。

ハラリ コードと物理学を比較することは 非常に重要なポイントだと思います。多くの人はまだ、現実を形成するコーダーたちの巨大な力を理解していません。コーダーはE=mc²という物理法則を変えることはできません。 しかし社会的現実は、ますますこれらのコードによって形成されるようになっていきます。

とても簡単なことから始めましょう。昔、あなたは役所に行き、いくつかの書類に記入する必要がありました。書類には男性か女性かを チェックしなければならない箇所があります。選択肢はこの2つしかありません。申請書などの書類を書き上げるためには、男女どちらかにチェックマークを入れなければなりません。どこかの役人が、書類にはこの2つの選択肢しか必要ないと決めたからです。これが今の現実です。

タン ちなみにわたしは男女両方にチェックマークを入れますが(笑)。

ハラリ しかしシステムによっては、両方にチェックを入れることができない場合もあります。紙の場合はできますね。そういう意味で紙の方がまだ自由があるという良い例です。

コンピュータ上では、チェックを入れないと次の画面に進まないし、片方にしかチェックを入れられないように、コードで規定されている場合があります。これが今の現実です。

多分カリフォルニアに住む22歳ぐらいのプログラマーが、世界中の人々の生活に影響を与える、この深い、哲学的、倫理的、政治的な問題についてあまり深く考えずに、こうしたフォームを開発してしまったのかもしれません。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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