コラム

トランプをパリに招いたマクロン「おもてなし」外交のしたたかさ

2017年07月18日(火)17時30分

その間、フランス国内では2015年1月のシャルリエブド襲撃事件、同年11月のパリ同時テロ事件、2016年7月のニース襲撃事件などのテロ事件が相次いだ。それに関わったと見られる、いわゆるホームグロウンテロリストについては、パリ検察庁長官がルモンド紙に明らかにしたフランス情報機関の情報によれば、シリアに渡航済み、渡航中、渡航希望者のフランス人は常に2,000人ほどおり、そのうち約700人は現地にいる(2016年9月時点)とされる。

こうして、国際テロと国内テロの連動が強まり、中東情勢が泥沼化していくなかで、フランスは、かつては否定していた軍事行動によるテロ撲滅という「テロとの戦い」の道に自ら踏み込んでいったのである。そこには、かつてアメリカの対イラク戦争に反対した孤高の外交の姿はない。

米仏協力の必然

むしろ、フランスは今ほどアメリカとの協力・協調を必要としている時はない。

テロとの戦いにおいて、フランスは、多大な資源とエネルギーの投入を余儀なくされている。中東以外でも、近年アフリカのマリ(2013年1月以降)や中央アフリカ(2013年12月以降)への軍事介入を求められるなど、アメリカの手が届かない地域はフランス担当と言わんばかりにお鉢が回ってくる。しかも国内では国家非常事態宣言が続いていて、軍は国内での対テロ・パトロールにも大量動員されている。仏軍にとっては、人的にも資金的にもまったく余裕がないという苦境が続いているのだ。

その一方で、フランスの財政赤字は巨額にのぼり、マクロン政権としても、発足早々歳出の大幅削減に乗り出さざるをえない。そうした中で7月13日には、ダルマナン予算大臣が来年度8.5億ユーロもの軍事予算の削減を発表し、軍に動揺を与えた。

こうした状況において、フランスが自国の安全を確保しつつ負担を軽くするため頼れるのは、アメリカしかいない。フランスにとって、テロに対して強硬な姿勢を示しているトランプ政権は、他の問題をさておいてでも、協力を深めるべき最大・最良のパートナーなのだ。

また、米情報機関からの情報も重要で有益だ。13日に行われたトランプとマクロンの首脳会談に、フランスの情報機関DGSE(対外治安総局)のベルナール・エミエ長官が同席したことでも、そのことが伺われる。

これらの面で、今後フランスがアメリカの協力をどのように得られるのかは、定かではない。しかし、エッフェル塔の高級レストラン「ジュールベルヌ」での両大統領夫妻での夕食会と、シャンゼリゼ通りでの軍事パレードにおける特別待遇で、アメリカからの支援や協力が得やすくなるのであれば、これほど安い買い物はない。そこにマクロン外交のしたたかさを見て取ることができよう。

マクロン大統領は、6月22日付けフィガロ紙インタビューにおいて、フランスのリビアへの介入は誤りであったとし、フランス流ネオコン政策の終了を宣言した。また、シリアについても、バシャール・アサドの退陣を国内和平交渉の前提条件としないことを明言した。

視界の中に入ってきた「イスラム国」の消滅後こそ、「テロとの戦い」は本当の正念場を迎えることとなろう。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学名誉教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より2019年まで東京外国語大学教授。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

香港の大規模住宅火災、ほぼ鎮圧 依然多くの不明者

ビジネス

英財務相、増税巡る批判に反論 野党は福祉支出拡大を

ビジネス

中国の安踏体育と李寧、プーマ買収検討 合意困難か=

ビジネス

ユーロ圏10月銀行融資、企業向けは伸び横ばい 家計
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story