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England Swings!

ラッシャー貴子|イギリス

クリスマスの風物詩「パントマイム」にも21世紀のかおり

パントは12月から新年にかけて、ロンドンの劇場街でも、地方の小さな町でも、さまざまな規模で上演される。わたしが向かったのは、南西部の郊外キングストンにある劇場だった。幼い子どもを持つ若い家族も多いエリアで、ロンドン周辺でよいパントが見られる町のひとつとして名前が挙がっていたのだ。

大人1人で行くのが気恥ずかしかったので(実際、あとで友人に笑われました)、空いていそうな平日午後2時の回を選んでみると、意外にもほぼ満席だった。観客のほとんどは学校行事として先生に引率されている子どもたちで、家族づれが訪れるのは、週末や夕方以降の公演らしい。

制服を着た生徒たちは、大雑把に言って低学年から高学年までの小学生という感じ。子ども向けのパントなんて飽きないかしら、と心配になるような大人っぽい子も混じっていた。

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キングストンではマーケットの町としての長い歴史が今も受け継がれている。この時期はそこにクリスマスマーケットも加わって、町全体がにぎわう。筆者撮影

この日の演目はパントの定番中の定番、「シンデレラ」だった。よく知られたストーリーで子どもたちを飽きさせないためか、かなりアレンジが効いていた。あまりに現代風な設定だったので、最初は少しひるんだくらいだ。

両親が離婚したエラはローティーン。一緒に暮らす父親は再婚して、生まれたばかりの双子の妹の世話に忙しい。継母はヴィーガン(完全菜食主義)なのでクリスマスにも肉料理のごちそうはなく、不満はつのるばかりだ。そこに現れた妖精の誘いに乗って、エラはかぼちゃの馬車で舞踏会に出かけ、王子に出会い、なんとそのまま魔法の国に残ることを決める。

戻らないエラを心配した継母は、「あの子はまるで10代の頃のわたしと同じ!」と歌いあげ、エラの方も、「継母はいつもよくしてくれた、彼女のいる家に帰りたい」と願い始める。これって、立場が違う人の気持ちを想像しようという、今話題の「エンパシー」では? 21世紀の子どもたちは、こんなところでもトレンドに触れているのか。

ついにエラは家にたどり着き、アンコールで2人はしっかり抱き合った。めでたし、めでたし。ハッピーエンドもパントのお決まりのパターンだ。

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劇場に行ったのは12月初め。すでにキラキラのデコレーションがほどこされていて、クリスマス気分が盛り上がった。筆者撮影

けれど、実はこの日のパントでは他の約束ごとはかなり省かれていた。派手な衣装の姉妹は男性でなく女性が演じており、観客がステージに上がることもなかった。「後ろにいるよ!」と叫ぶ場面もなかった。パントを見慣れた友人は、「信じられないほどモダン」と驚いていたし、わたしも洗練されたディズニー映画を見た気分になって、何やら勇気づけられた(喜劇なのに泣いちゃった)。

最近はこういうモダンな解釈を取り入れるパントも増えているようだ。そう言えば、去年一部だけをテレビで見た「美女と野獣」でも、メロディーこそ明るかったけれど、「どんどん、どんどん掘ってみよう。うわべだけじゃわからない、大切なのは中身だよ」という歌があったなあと思い出した。

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著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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