コラム

徹底的に嫌な奴だが才能があることは否めない、俳優イーサン・ホークの自伝的小説

2021年02月22日(月)20時15分

けれども、この小説の醍醐味は、ゴシップ的な興味を満足してくれるところではない。ホークが、自分を材料にして、自己中心的な俳優の内面と自己破壊的な言動を見事に描いているところだ。

シェイクスピア劇のところが特に良い。役者が演技にのめり込むときの感覚、自分の感覚と他者の評価のギャップ、役者同士のやり取り、ニューヨーク・タイムズの評価に対して役者が抱く複雑な心境など、残酷なほど鮮やかに描いている。

人間として尊敬できない人物が素晴らしいアートを提供するとき、私たちはそれをどう扱うべきなのか悩むものだ。例えば、映画『戦場のピアニスト』を監督したロマン・ポランスキーのような人物だ。多くの未成年の少女(中には当時10歳だった者もいる)に性的暴力を振るったポランスキーは許されるべきではない罪人だ。それゆえに『戦場のピアニスト』という映画も否定するべきなのかという問題への答えは難しい。ポランスキーとホークが同罪とは言わないが、彼のこの小説は同じようなジレンマを感じさせてくれるアートだった。

素晴らしい小説だからといって、ホークの人間性に対する私の評価は変わったわけではない。相変わらず「自己中心的で、自分にしか興味がない、嫌な男」である。けれども、この嫌な男は、その嫌な男をアートに昇華しているし、その能力を持つ類まれなアーティストだ。

私は、このアーティストの作品を純粋に「素晴らしい!」と評価したいと思った。


A Bright Ray of Darkness
By Ethan Hawke
(Knopf)

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


ニューズウィーク日本版 豪ワーホリ残酷物語
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月9日号(9月2日発売)は「豪ワーホリ残酷物語」特集。円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代――オーストラリアで搾取される若者のリアル

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏対FRBの構図、市場が波乱要素として警戒

ワールド

トランプ氏、プーチン氏と近く協議と表明 ロシア「迅

ワールド

関税下げの米大統領令署名、重要な一歩として歓迎=加

ワールド

シェフチョビッチ欧州委員、来週インド訪問 自由貿易
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 6
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 9
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story