コラム

#MeTooムーブメントの火付け役が暴露した、巨大メディアNBCの驚きの陰謀

2019年11月02日(土)18時00分

著者のローナン・ファローは、映画監督のウディ・アレンと女優のミア・ファローの実子である。(ミア・ファローの元夫だったフランク・シナトラの若い頃によく似ているためにシナトラが父親だという説もあるがローナン本人はウディ・アレンが父親だと言っている)。15歳で大学を卒業し、21歳のときにエール大学のロースクールを卒業して弁護士の資格を取り、オックスフォード大学で政治学の博士課程を終え、アフガニスタンとパキスタンで国務省の職員として勤務し、それからジャーナリストになった。まだ31歳でこれだけのキャリアを持っていることに驚愕するが、『Catch and Kill』から読み取れる作者の実像は「セレブの子ども」や「天才」のイメージとは程遠い。仕事や将来に不安を覚えて悩むふつうの青年だ。

『Catch and Kill』で最初に驚くのは、ワインスティーンの暴露は、ファローが最初から正義感にかられて追及したものではないということだ。もともとは、ファローが勤務していたNBCの人気朝番組「Today Show(トゥデイ・ショー)」で割り当てられた調査報道のひとつだったのだ。彼は、どちらかというとこのテーマを避けてきたところがある。それは、父親のウディ・アレンが、姉のディラン(養子)が7歳のときに性的虐待を受けたと訴え(告訴はされなかった)、義理の娘の立場にあるスン・イーと関係を持った挙げ句に結婚したという家庭の事情があるからだ。駆け出しのジャーナリストとしては、「父親への敵討ち」のような、個人的アジェンダが背後にあると思われたくはなかったのだろう。

ファローがワインスティーンのセクシャルハラスメントと性的暴力の深刻さを掘り出し、公式の取材に応じるように被害者を説得することに成功し始めた頃から、周辺で奇妙なことが起こり始めた。取材を割り当てた張本人のNBCの上司たちが、理由を与えずに取材にブレーキをかけ、やんわりと「このまま続けたら、仕事がなくなるよ」といったプレッシャーをかけはじめたのだ。その頃から自分が誰かに監視されていることに気づく。そして、多くの人たちが、「気をつけなさい」とささやくようになる。

ニューヨーカー誌の徹底したファクトチェック

それらはすべて、アメリカの有力者たちと強い繋がりを持つワインスティーンが仕掛けていたことだった。ファローを監視していたのは、イスラエル諜報機関の元諜報員が作った「Black Cube(ブラック・キューブ)」というスパイ組織で、ワインスティーンが雇ったチームだったのだ。

不気味な存在に監視されているだけでなく、これまで信頼していた人たちからの裏切りにもあう。そのひとりが、セクシャルハラスメントや性暴力を受けた女性を弁護することで知られる「人権弁護士」のリサ・ブルームだ。親身に相談に乗るふりをして被害者の情報を聞き出し、同時にワインスティーンのために働いていたのだ。また、ファローが尊敬し、この調査報道でもアドバイスを求めてきたNBCのマット・ラウアーやトム・ブロコウは、後にセクシャルハラスメントや性暴力で社内の複数の女性から告発された。

ファローにとって最初はただの仕事のひとつでしかなかったのに、大きな勢力が一体になって潰そうとしたために、身の危険を感じても執着するようになったというのは皮肉なものだ。NBCが報道してくれないし、取材の許可も与えないので、ファローはこの調査をニューヨーカー誌に持ち込んだ。それからのニューヨーカー誌の姿勢に、私は真のジャーナリズムへの尊敬を新たにした。ともかく、「ファクトチェック(事実の確認)」が徹底している。ニューヨーク・タイムズ紙が同じテーマでスクープ記事を準備していることを知っていながらも、焦ってその前に出そうとはしないのだ。ニューヨーカー誌の記事でファローが「レイプ」という表現を使ったのも、訴えられても勝てる証拠があるとニューヨーカー誌が確信したうえでのことなのだ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

独IFO業況指数、6月は予想以上に上昇 景気底入れ

ワールド

ドイツ、25年度予算案を閣議了承 投資急増へ

ワールド

韓国特別検察、尹前大統領の拘束令状請求=聯合ニュー

ビジネス

グリーン英中銀委員、高インフレ持続を懸念 利下げ再
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり得ない!」と投稿された写真にSNSで怒り爆発
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 6
    EU、医療機器入札から中国企業を排除へ...「国際調達…
  • 7
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 8
    細道しか歩かない...10歳ダックスの「こだわり散歩」…
  • 9
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 10
    「水面付近に大群」「1匹でもパニックなのに...」カ…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 8
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story