コラム

ネットビリオネアが牽引する21世紀の宇宙探検

2018年04月13日(金)19時50分

この2冊のノンフィクションからわかるのは、これらのインターネット起業家が、何世代にもわたって親から子に富を受け継いで増やし続けた「オールドマネー」とは考え方も行動も異なるということだ。彼らは、富をわが子に渡すために貯め込もうとはしない。それよりも、資金確保のために国民の支持を得る必要がない私的財産の利点を活かし、リスクが非常に高い宇宙事業を始めたのだ。この志の大きさに心を打たれる。

近い将来に利潤を得る可能性がほとんどない高リスクの宇宙事業に彼らが手を出したのは、マスクやベゾスが「自分の子どもや孫」といった小さな視野ではなく、「地球と人類」という大きな視野で未来を考え、そのために何かをしたいと切望したからだ。

これらのビリオネアらは、みな子どものころからのSFファンだ。

マスクはお気に入りのSFのひとつにアシモフの『ファウンデーションシリーズ』を挙げているが、人類が地球を離れて火星など別の惑星に居住地域を広げていく発想は、ここから来ている。

また、ベゾスが宇宙開発企業「ブルーオリジン」を創業したとき、社員はSF作家のニール・スティーヴンスンだけだった。月が破壊した影響で地球上の生物が絶滅するという2015年刊行の超大作SF『セブンイブス(Seveneves)』には、ベゾスを連想させるビリオネアも登場する。

こうした共通点はあるが、宇宙事業に対するマスクとベゾスの考え方やアプローチは異なる。

マスクは失敗も成功もおおっぴらに公開するし、自分が正しいと思うことを実現するためならば、提携相手のNASAですら訴訟する。まさに「猪突猛進」といった感じだ。

しかし、ベゾスは寓話の「ウサギとカメ」でゆっくり着実に進むカメを目指し、それを会社のモットーにしている。

マスクのスペースXは火星に自給自足可能な居住地を作る計画を立て、2022年に最初の貨物船を送ることを目標にしている。

いっぽうのベゾスは火星移住計画には乗り気ではない。取材したダベンポートに「考えてごらん。(火星には)ウイスキーもないし、ベーコンもないし、水泳プールもないし、海もないし、ハイキングもできないし、都心もない。いつか火星はすばらしい場所になるかもしれない。でもそれは、ずっとずっと未来のことだ」と答えた。

地球が住めなくなる未来に備えて人類を火星に移住させる計画よりも、地球という「貴重なもの」を保存したほうがいい。つまり、「宇宙は地球を温存するために使うもの」というのが、ベゾスの考え方だ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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