コラム

「ハリー・ポッター」シリーズの新刊フィーバーもこれで見納め

2016年08月05日(金)18時30分

harvardbooks01.jpg

筆者の娘アリソン(左)と親友ハナ(筆者撮影)

 ハナは、『Harry Potter and the Cursed Child』のロンドン公演開始に先立つ「プレビュー」をすでに見に行っていた。前編と後編を2晩連続で見る珍しい舞台で、脚本発売までは内容を絶対に明かさないと約束させられたという。「これでようやく内容について人と語り合える!」と喜ぶハナによると、舞台のほうは俳優の演技、舞台デザイン、特殊効果、とすべてが素晴らしかったという。その体験を思い出させてくれる脚本に不満はないようだ。

 舞台を見ていないアリソンも、好意的に評価している。彼女は以前から、「(ドラコ・)マルフォイは加害者として描かれているが、環境の犠牲者でもある。彼に贖罪の機会を与えたら、ハリーよりも深いキャラクターになる可能性がある」「不穏な時代のヒーローは、安定した時代の良いリーダーとは限らない」などと言っていた。シリーズのファンの間ではマルフォイの人気は意外と高く、彼らにとっては納得できる内容だったようだ。

 ハナとアリソンの2人は、この新刊を真っ先に入手するためにボストンの書店「ハーバードブックストア」の刊行パーティーに参加した。販売開始は31日の午前0時だが、整理券をもらうために午後8時前からファンが並び始め、パーティーが始まったのは午後10時だ。飲み物はもちろんシリーズに登場する「バタービール(甘いノンアルコール)」で、あとはハリー・ポッターにちなんだゲームなども行われた。

harvardbooks02.jpg

ハーバードブックストアで開かれた新刊発売パーティー(筆者撮影)

 31日の深夜発売に備えてこの書店で約1300人も本を予約したという。その近くにあるハーバード大学の生協書店など、全米で5000以上の書店が同じような深夜パーティーを開催している。

 アメリカでは新刊のハードカバーは、アマゾンで購入したほうがずっと安い。だから書店で購入する顧客は少なくなっているのだが、ハリー・ポッターに関しては、他人から内容を聞きたくないから発売と同時に読み始めたいという読者が多い。そんな動機もあって、シリーズの新刊が出るたびに書店は深夜発売パーティーを催し、多くのハードカバーを売ってきた。ファンが待ちに待った9年ぶりの新刊は、アメリカでは2日間でハードカバーが200万冊以上も売れ、イギリスでは3日間で68万冊が売れた。

 これは、シリーズ最終巻が発売された時以来の久々の販売記録で、脚本としては前代未聞だという。

【参考記事】書店という文化インフラが、この20年余りで半減した

 しかし著者ローリングは、もうこれ以上ハリー・ポッターの世界を舞台にした本は書かないと話している。ということは、このシリーズの魔法のような販売記録もこれが最後になりそうだ。

 これまでハリー・ポッターで大いに稼がせてもらった書店としては、現在の小学生と一緒に成長するハリーのようなヒーロー(あるいはヒロイン)の誕生を、さぞ心待ちにしていることだろう。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米FRB、秋の利下げが適切になる可能性=SF連銀総

ワールド

原油先物5カ月ぶり高値、米のイラン核施設攻撃で供給

ワールド

「戦争は取返しつかぬ深淵開く」、ローマ教皇 外交努

ワールド

米、イラン攻撃で自国の信用損なった=中国国連大使
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 2
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 3
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり得ない!」と投稿された写真にSNSで怒り爆発
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 7
    「イラつく」「飛び降りたくなる」遅延する飛行機、…
  • 8
    EU、医療機器入札から中国企業を排除へ...「国際調達…
  • 9
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 10
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 9
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 10
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story