コラム

対テロ優先から対中優先へ――9.11から読み解く米中関係の転換

2025年09月11日(木)14時11分

9.11の衝撃と米中の即時対応

こうした緊張が高まっていた矢先の2001年9月11日、米国本土がテロの標的となった。ハイジャックされた旅客機が世界貿易センタービルに突入し、ペンタゴンも攻撃されたこの事件は、米国の安全保障観を根本から揺るがした。ブッシュ政権は直ちに「テロとの戦い」を宣言し、アルカイダやそれを匿うタリバン政権に対する攻撃を開始した。

中国の反応は迅速だった。江沢民国家主席(当時)は事件発生直後、ブッシュ大統領に哀悼の意を伝え、テロリズムを「人類の共通の敵」と位置づけた。中国は米国との協力姿勢を明確にし、情報共有やテロ対策の国際枠組みへの参加を約束した。これは、中国にとって国際社会での責任ある大国としてのイメージを高める機会でもあった。

一方、米国側も中国の協力を戦略的に評価した。中国は中央アジアやパキスタン地域に強い影響力を持ち、テロ組織の監視や情報収集で有用だったためだ。こうして、9.11は米中関係の再定義を促した。ブッシュ政権は中国を「競争相手」から「責任あるステークホルダー」へと位置づけ直し、テロ対策を優先した協力関係を構築した。

対テロ協力の深化と具体的な成果

9.11後の米中協力は、具体的な外交イベントで顕在化した。2001年10月の上海APEC首脳会議は、その象徴的な場となった。ブッシュ大統領と江沢民主席は、テロ対策を軸とした対話を進め、両国間の連携を強化することで合意した。この会議では、米中がテロリズムの脅威を共有し、共同で対処する姿勢が国際的にアピールされた。

また、米国は中国の主張する新疆ウイグル自治区の分離主義勢力、特に「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」を国際テロ組織に指定した。これは、中国の国内治安問題をテロ対策の文脈で認めたもので、両国間の信頼を高めた。

この協力は軍事・情報分野にも広がった。米国はアフガニスタンでのタリバン打倒作戦で、中国から間接的な支援を得た。中国は国連安保理でのテロ関連決議を支持し、テロ資金の凍結や情報交換の仕組みに参加した。

これにより、中国は国際社会での地位を向上させ、米国はアジア地域でのテロ対策を強化できた。結果として、米中関係は緊張緩和のムードが広がった。

プロフィール

和田 大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO、清和大学講師(非常勤)。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として海外進出企業向けに政治リスクのコンサルティング業務に従事。

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