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アングル:米国などからトップ研究者誘致へ、カナダが官学一体の人材獲得戦略

2025年12月13日(土)08時24分

 米国の大学がトランプ政権による政府助成金の削減に直面する中、カナダは新たな政府資金と移民制度改革によって、世界のトップ研究者を呼び込もうとしている。写真はトロント大学のキャンパス内を歩く学生。11月撮影(2025年 ロイター/Wa Lone)

Wa Lone

[トロント 9日 ロイター] - 米国の大学がトランプ政権による政府助成金の削減に直面する中、カナダは新たな政府資金と移民制度改革によって、世界のトップ研究者を呼び込もうとしている。

トランプ政権による大学への締め付けが始まって以降、米国からカナダへと拠点を移した著名教授は今のところほんの一握りだ。だがカナダの大学は、政府が打ち出した17億カナダドル(約1920億円)規模の人材獲得強化策によって、これまで研究予算の潤沢なアメリカの大学を選好してきた国際的な研究者を引き付けたいと期待を寄せている。

トランプ大統領は1月に就任すると、大学への助成金削減や打ち切りをちらつかせ、大学側が進めてきた多様性や公平性の促進などのポリシーを改めさせようとした。

カナダのジョリー産業相は9日の記者会見で、政府は世界レベルの研究者の誘致努力を「倍増」すると説明。「ある国が学問の自由に背を向け、研究予算を削減し、科学を弱体化させている。われわれはそのようなことはしていない」と述べた。

ジョリー氏は、研究者の招致は世界を対象にしたもので、特にフランス語圏の専門家に注目していると述べた。当局者らは「国境の南には、すでに手を挙げ、関心を示している研究者たちがいる」との認識を示した。

カナダ出身の天体物理学者でマサチューセッツ工科大(MIT)のサラ・シーガー教授もその1人で、9月にトロント大学に移る予定だ。

「カナダに戻る理由はたくさんあるが、そのうちのひとつは、予算削減と米国の科学研究予算の不透明さだ」と、シーガー氏はロイターに語った。

カナダの主要大学4校はロイターに対し、カーニー首相が打ち出した新予算案を受け、海外から一流研究者を呼び込む取り組みを強化していると明かした。同案は、今後約10年で1000人超の高度な国際研究者を呼び込み、カナダの競争力を高めることを狙う。

トロント大学のメラニー・ウッディン学長は、「この千載一遇のチャンスを生かすためのカナダ戦略の一環だ」と、この予算措置について語った。

<不確実な米大学>

トロント大は、カーニー氏の構想の前から、気候科学から量子コンピューティングまでの幅広いの分野で100の博士研究員ポストを新設した。

このポスト新設とは別に採用された前出のシーガー氏は、MITの研究予算削減により一部の研究者はプロジェクトの縮小や放棄を余儀なくされたと説明。同氏が退職を決めたことで、同僚たちも移籍を検討するようになったという。

MITは教員の離職についてコメントしなかった。同大はメールで声明を寄せ、引き続き優秀な人材を惹きつけ、研究所全体で戦略的な雇用を進めていくと述べた。

同大の学長は11月、投資収益に対する新たな連邦税や米国の研究資金削減の影響で、年間3億ドル(470億円)の予算不足に直面すると警告した。MITは、トランプ政権が国内の大学に政府助成金を優先的に受け取る条件として提示した覚書について、署名を拒否していた。

<優秀人材の流出>

カナダ政府の発表を受け、マクマスター大とアルバータ大が、新しい政府資金活用して教授の採用活動を国際的に拡大したいと表明した。

ブリティッシュ・コロンビア大は、近年100人以上の研究者を世界から採用しており、政府からの支援でさらに人材の拡充が期待できるとした。オンタリオ州のウェスタン大は、最近の著名な研究者の誘致に成功したことを明らかにし、博士課程の学生を増やすための新しいプログラムや、ポスドク研究制度の拡充計画をアピールした。

カナダ政府は、生活費高騰をめぐる国民の不満を受けて移民全体の受け入れ枠を絞る一方で、2025年予算には、米国で高度な外国人技術者向け就労ビザH―1Bを取得・保有した経験のある技術者や研究者、医療従事者向けに、カナダ移住への「ファストトラック(優先審査)」制度を盛り込んだ。

さらにカナダ移民局は26年以降、最近厳しくなった留学生許可証の発行上限から修士課程と博士課程の学生を除外する。同局はロイターに対し、博士号候補者とその家族のビザ手続きを14日間に短縮すると述べた。

カナダは歴史的に人材の定着に苦労してきた。カナダの政府系調査機関などが11月に発表した報告書によると、高学歴の移民は、低技能の移民に比べ、カナダから出ていく割合がおよそ2倍に上る。多くは到着から5年以内に離れ、その主因は収入の伸び悩みだという。

トロント大のマンク国際問題公共政策大学院の公共政策学教授で、現在イエール大の客員教授を務めるドリュー・フェーガン氏は、カナダは長年、米国からの「逆流」の波を期待してきたが、現実には自国の優秀な人材を高給の米国に奪われてきた側面が大きいと指摘する。

「カナダから米国に渡る人の量は歴史的に見て決して多くはないが、渡っていく人の質は非常に高い」とフェーガン氏は語る。

ジョリー産業相は、この新しい取り組みにより、カナダが過去数十年間に経験した頭脳流出を逆転させたいと述べ、国外で働くカナダ人にも帰国を呼びかけた。

「移住を考えている世界中の研究者の皆さん、カナダを第一候補にしてください」

ロイター
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