コラム

対テロ優先から対中優先へ――9.11から読み解く米中関係の転換

2025年09月11日(木)14時11分

新疆政策への波及効果

9.11後の協力ムードは、中国の国内政策にも影響を及ぼした。特に新疆ウイグル自治区での分離主義運動が、テロ対策の枠組みで扱われるようになった。

中国政府はウイグル族の武装勢力を「テロリスト」と位置づけ、国際的な正当性を主張した。米国がETIMをテロ組織に認定したことで、中国は新疆での治安強化を正当化しやすくなった。これにより、監視システムの拡大や抑圧的な措置が加速した。

9.11以前、欧米諸国は新疆の人権問題を厳しく批判していたが、テロとの戦いが優先される中で、その声はトーンダウンした。中国はテロ対策を名目に、再教育施設の設置や大規模な監視網を構築した。

これらの政策は、後年国際的に非難されることになるが、当時は米中の協力枠組みが中国に一定の余裕を与えていた。この点で、9.11は中国の国内統治に間接的な恩恵をもたらし、米中関係の協力が地政学的文脈を超えて影響を及ぼしたことを示している。

協力の限界と長期的な視点

しかし、この協力ムードは一時的なものであり、米中間の根本的な対立を解消するものではなかった。ブッシュ政権後期になると、中国の軍事拡大や南シナ海での主張が再び問題視され、緊張や対立の方向へ再び舵を切った。

オバマ政権の「アジア・ピボット」政策は、中国を戦略的競争相手として再定義し、米中関係の複雑さを露呈した。9.11による協力は、戦略的利益の一致に基づくもので、価値観の違いや長期的な目標の相違を埋めるものではなかった。

プロフィール

和田 大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO、清和大学講師(非常勤)。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として海外進出企業向けに政治リスクのコンサルティング業務に従事。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECB理事会後のラガルド総裁発言要旨

ビジネス

米新規失業保険申請、約4年ぶり高水準 労働市場の緩

ビジネス

ECBの追加利下げ期待後退、ラガルド総裁が経済に楽

ビジネス

米8月CPI2.9%に加速、1月以来の大幅な伸び 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、6000万ドルのプライベートジェット披露で「環境破壊」と批判殺到
  • 4
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 5
    毎朝10回スクワットで恋も人生も変わる――和田秀樹流…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    村上春樹が40年かけて仕上げた最新作『街とその不確…
  • 8
    謎のロシア短波ラジオが暗号放送、「終末装置」との…
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    ChatGPTを違反使用...職場に潜む「ヤバいAI人材」4タ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 4
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 5
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 9
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 10
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story