コラム

ロシアでサイバーセキュリティが議論されない理由

2017年12月25日(月)13時20分

米大統領選挙をめぐるネット世論工作部隊があったとされる建物は現在空室だった 撮影:土屋大洋

<アメリカ大統領選など各国へのサイバー作戦が行われたことで注目を集めるロシア。どういった議論が行われているのか知るために、ロシアを訪れた>

2017年12月中旬に訪問したモスクワは、気温がマイナス5度前後。モスクワっ子からすると暖冬で、地球温暖化が心配になる温度らしい。他方、ロシアで意外に冷え込んでいるのが、サイバーセキュリティをめぐる議論である。

2016年11月の米国大統領選挙だけでなく、同年6月の英国のEU離脱に関する国民投票、2017年5月のフランス大統領選挙などでロシアからと見られる介入、サイバー作戦、サイバー・プロパガンダが見られた。それに関していろいろな議論が行われているに違いないと想定してモスクワを訪問し、サンクトペテルブルクにも足を伸ばしてみたが、あまり議論されていないようである。

いなくなったIRA

米国大統領選挙をめぐるネット世論工作部隊として知られるようになったインターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)が、サンクトペテルブルクにはあった。住所や外観の写真もインターネットで出回っている。日本経済新聞が2016年12月19日に「元工作員が語るロシア、デマ拡散サイバー部隊」と題して出した記事によれば、記者の質問に対し、ビルの警備員が「トップは大統領だ」と怒鳴ったことが記されている。大統領の指示でネット世論工作が行われていることを示唆する重要な証言である。

モスクワからの特急が到着するサンクトペテルブルクのモスコーフスキー駅から車で20分ほど走ると、住宅街の中の比較的大きな通りに面したところにそのビルはあった。報道にあった通り、ビルの入口には「ビジネス・センター」と表示されている。しかし、2階部分の窓には大きくリース契約募集の文字と電話番号が書かれている。玄関扉を入って受付の男性に聞いてみるが、知らないというだけである。入口の内側では内装工事が行われていて、ビルのテナントの表示は消されている。セキュリティ・カードなしでは、それ以上ビルの中には入れなかった。どうやらIRAは出て行ってしまったらしい。

サンクトペテルブルクの大学に勤務する研究者に聞いてみたところ、何の話だという顔を見せた。モスクワのシンクタンクの研究員に聞いてみても、「知らない」と言い、その場でインターネットで検索し、「あー」というだけである。ロシアでは話題にすらなっていないようだ。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米、対スイス関税15%に引き下げ 2000億ドルの

ワールド

トランプ氏、司法省にエプスタイン氏と民主党関係者の

ワールド

ロ、25年に滑空弾12万発製造か 射程400キロ延

ビジネス

米ウォルマートCEOにファーナー氏、マクミロン氏は
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 5
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 9
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 10
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story