コラム

米国大統領選挙を揺さぶった二つのサイバーセキュリティ問題

2016年12月19日(月)18時00分

中国・杭州で開催されたG20サミット(9月4日)で対面するプーチン大統領とオバマ大統領 Sputnik/Kremlin/Alexei Druzhinin/via REUTERS

<9月の杭州でのG20サミットは、ロシアに対する見方が変わった転換点といえるかもしれない。クリントンの私用電子メール問題、民主党に対するサイバー攻撃という二つの問題が重なり合い、それが大統領選挙に影響した可能性がある>

 2016年9月、北京で中国のサイバーセキュリティ研究者と話していて、おやっと思ったのは、「最近のロシアがおかしい」という指摘が出てきたときである。

 その直前の9月4日、中国の杭州で開かれたG20サミットの際、ロシアのウラジミール・プーチン大統領は中国の習近平国家主席にアイスクリームをお土産に持ってきて友好関係をアピールしていた。ところが、中国のサイバーセキュリティ研究者は、ロシアが国連でまとめた情報セキュリティ(サイバーセキュリティ)についての報告書を尊重せず、2015年12月にウクライナでサイバー攻撃による停電を起こしたり、2016年8月に米国民主党の全国委員会をサイバー攻撃して米国大統領選挙を妨害したりしていることを指摘した。

 国連の報告書とは、国連総会の下の第一委員会で数次にわたって開かれてきた情報セキュリティに関する政府専門家会合(GGE)に関する報告書のことである。そこでは、例えば、「ICT[情報通信技術]の利用において、国家は、国際法の原則の中でも、国家主権、平和的手段による紛争解決、他国家の国内問題への不干渉を守らなくてはならない」と合意されている。米国大統領選挙という国内問題にサイバー攻撃で介入したとすれば、明らかに報告書の合意に反していることになる。

【参考記事】国連を舞台に、サイバースペースをめぐって大国が静かにぶつかる

 この点について中国の研究者が懸念を示したことは、これまで共同歩調をとることが多かった中露の間にほころびが見え始めている証左なのではないかと感じさせた。

米国大統領選挙の混乱

 その2カ月後の2016年11月8日、米国大統領選挙の結果が判明し、共和党のドナルド・トランプ候補が次期大統領に決まった。民主党のヒラリー・クリントン候補は、選挙直前の10月28日に連邦捜査局(FBI)が議会に出した書簡が選挙戦に大きな打撃を与えたという見方を選挙後に示した。FBIがいったん訴追しないと決めていたクリントンの電子メール問題を蒸し返したからである。

 そして、選挙から1カ月経った12月半ば、バラック・オバマ大統領がロシアのプーチン大統領を名指ししながら、米国の民主党に対するサイバー攻撃を行ったのはロシアだと非難し始めた。オバマ大統領は、根拠は米国政府のインテリジェンス機関の分析だとし、「ロシアでプーチン氏なしに物事が動くことはない」とも述べた。さらに、9月の中国・杭州G20の際、オバマ大統領は自らプーチン大統領にやめるように要求し、「やめなかったら深刻な結果を招く」と警告し、報復の可能性も示唆していたと記者会見で明らかにした。この警告後、米国大統領選挙への介入は見られなくなったという(CNN、2016年12月17日)。

【参考記事】オバマが報復表明、米大統領選でトランプを有利にした露サイバー攻撃

 先の中国の研究者の見解と合わせて考えると、9月の杭州でのG20サミットは、ロシアに対する見方が変わった転換点といえるかもしれない。クリントンの私用電子メール問題、民主党に対するサイバー攻撃という二つの問題が重なり合い、それが大統領選挙に影響した可能性がある。特に後者の問題は、ロシアという外国が関与していた可能性も高いという、複雑かつ重大な状況になっている。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ミネアポリス射殺事件「全てを精査中」=

ワールド

インド、EUとのFTAで車輸入関税を40%に引き下

ビジネス

サムスン、エヌビディア向け「HBM4」生産を来月開

ビジネス

新たな地政学リスクに適応準備必要=エアバスCEO
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 5
    「楽園のようだった」移住生活が一転...購入価格より…
  • 6
    「外国人価格」で日本社会が失うもの──インバウンド…
  • 7
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 8
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 9
    私たちの体は「食べたもの」でできている...誰もが必…
  • 10
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 1
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味を帯びる「超高齢化」による「中国社会崩壊」
  • 4
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 5
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 6
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 7
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 10
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 7
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 10
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story