コラム

ウクライナ戦争:接続性が紛争を招く理由

2022年04月07日(木)10時48分

接続性の兵器化

冷戦の終結から30年、世界の指導者たちは、世界の経済、交通、通信を統合し、戦争を不可能にすることを目指して、国境を取り払おうとしてきた。そうすることで、知らず知らずのうちに、新たな種類の紛争のための強力な武器庫と、戦い続けるための動機付けを作り出してきたのである。

厄介なことに、世界は今、ソーシャルメディア上の個人から国家間の対立に至るまで、あらゆるレベルで紛争の拡大を目の当たりにしている。この10年間、米国と中国の間に新たな敵対関係が生まれ、気候変動やパンデミック対策などのグローバルな問題で協力することができなくなり、サイバー戦争、大量の移民流入の脅威など、戦争と平和の区別さえなくなっている。

レナードは、かつて現代社会に浸透した接続性を賞賛した先駆者だった。しかし、その立場を内省するほど、過去数十年にわたる接続性の高まりが、大量移民、テクノロジー、国境を越えた貿易や旅行など多様な領域に関する政策に影響を与え、紛争を解決するのとは対照的に紛争を生み出していることを理解した。

接続性はなぜ紛争を招くのか?

ブレグジット後の終結を模索するために構想された『不和の時代』は、かつて彼が21世紀の文化・経済の中心だと考えていた場所に、可能性や調和、選択肢を送り込んだ動脈を通して、いかに毒が流れるようになったかを明らかにしようとする。

2月24日のウクライナ侵攻で、ロシアは大砲、銃、爆弾と並んで、レナードが「不和」と呼ぶものを可能にするデジタルとロジスティクスの兵器が投入された。そして、ウクライナの防衛には、軍事兵器やDIY兵器とともに、憎悪の増幅を可能とするソーシャルメディアが使用された。接続性が戦争に果たす役割、そしてその犯罪は明らかとなった。

私たちの文明を前進させ、人々をひとつにまとめてきた国際主義やグローバリゼーション、接続性が、どうして人々を分裂させ、暴力や不安を生み出すのか。その転換のメカニズムは何なのか?

レナードによれば、接続性は人々に戦う動機を与えるものだ。世界中の他者と自分を比較することで、社会を偏ったフィルターバブルに分割し、嫉妬の伝染を広げていく。自分の境遇が特権階級の理想とする生活と一致しないと感じると、圧倒的な喪失感が生じる。この無力感が、トランプやブレグジットに代表される国際主義に反対する運動の糧となったとレナードは指摘する。

さらに最近、ベルリンが世界に誇る文化雑誌「032c」のインタビューに応じたレナードは、次のように答えている。


「動機を越えて怖いのは、互いに競い合うための新しい武器を皆が持っていることです。大国間の戦争は20世紀が進むにつれて、生物圏全体を破壊しかねないほど危険になってきました。しかし今、核兵器という選択肢に代わって、各国は私たちを結びつける絆を武器化するようになったのです。...接続性紛争では、私たちはグローバリゼーションのあらゆる要素を武器に変えてお互いを傷つけ合います。貿易や金融、人の移動、インフラの構築、国際法、そしてインターネットを利用して、相手を操り、危害を加えるのです」

模倣する欲望

レナードの著作には興味深く、深遠な属性を孕んでいる理論が散りばめられている。例えば、中国との関係がこじれ、分裂しているためにアメリカが必死で試みている「デカップリング」を説明するために、レナードはフランスの歴史家、哲学者、文芸評論家のルネ・ジラールが提唱する「模倣的」欲求という理論を読者に紹介している。

ジラールは、人間は仲間の欲望を模倣するあまり、本来の欲望の対象が希薄になり、その周囲で起こる対立の祭壇で犠牲になってしまうと論じている。こうしてライバルたちは、どんな欲望の対象でも奪い合うようになり、互いに表裏一体となり、執着し合うようになる。そして、互いにミラーリングを始める。そして、最終的には、対立する派閥がドッペルゲンガーとなり、個人のアイデンティティを完全に抹殺する。

米国がAIの分野で持っていた飛躍的な進歩は急速に失われ、米国は今、中国を模倣し、複雑なつながりの蜘蛛の巣から自らを解き放とうとしている。同様に、エルドアン率いるトルコは、EUがトルコへの数十億ユーロの援助を打ち切きれば、難民や移民の大群をEUに送り込むと脅している。EUは、他に実行可能な代替案がないので、トルコの絶え間ない脅迫に屈服せざるを得ないのだ。

ソーシャルメディアが加速させる戦争

インターネットもまた、ゆっくりと、しかし確実に「バルカン化」しつつある。しかし、インターネット上では、すでにデカップリングが進行している。中国は欧米のプラットフォームを事実上ブロックし、代替的/並列的なオンライン空間を構築している。したがって、BaiduはGoogleの複製であり、AlibabaはeBayとAmazonに取って代わり、WeChatはWhatsAppを代替し、WeiboはTwitterに歩み寄り、Didi ChuxingはUberの代名詞になった。

『不和の時代』は、血塗られた不気味な塹壕の中ではなく、より洗練され、複雑に絡み合ったユビキタスなメディアを戦場とする一騎当千の優越感のための戦いの危険性を、本質的かつタイムリーに示唆している。

接続性は好むと好まざるとにかかわらず、諸刃の剣である。接続された世界の群衆の不和や行動を認識すれば、ウクライナ戦争を対岸の火事だとは到底思えなくなるはずだ。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

FRB、9月大幅利下げ検討も 低調な雇用統計受け=

ビジネス

米金利先物市場、9月利下げ再開観測高まる 軟調な雇

ワールド

テスラ、マスク氏に1兆ドルの報酬案 時価総額8.6

ビジネス

米8月雇用2.2万人増、予想以上に減速 失業率4.
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接近する「超巨大生物」の姿に恐怖と驚きの声「手を仕舞って!」
  • 3
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 7
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 8
    謎のセレブ中国人ヤン・ランランの正体は「天竜人」?
  • 9
    キリストを包んだとされる「聖骸布」はやはり偽物だ…
  • 10
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 4
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 5
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 6
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 7
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 8
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 7
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 10
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story