コラム

コロナ禍、ベルリン市民が懸念する旧東ドイツ監視社会の記憶

2020年07月07日(火)19時10分

ベルリンにあった旧東ドイツ国家保安局(シュタージ)。現在はシュタージ博物館となっている。 シュタージ博物館 撮影:武邑光裕

<COVID-19の猛威と戦うためには、接触者追跡技術が必要であるが、ベルリンのプライバシー擁護市民団体は、現代のデジタル監視社会が「シュタージ(国家保安局)2.0 」であるとするスローガンで、これらの動向に警告を発している...>

ベルリンからの警告

新型コロナウィルス(COVID-19)が世界中で猛威を振るい、この半年間だけでも52万人を超える人々が亡くなっている。有効なワクチン開発や特効治療の困難性が指摘される中、各国政府は新たな感染者を減らすための方策に奮闘している。現在、スマホを用いる接触者追跡技術は、この戦略の最前線に浮上している。感染者の行動履歴から、感染者と接触した可能性がある人を追跡し、そのデータを効果的に使用することで多くの人々を救命する可能性である。

一方、感染拡大を抑止するとされる最新の監視技術の使用への懸念が世界中で議論されている。デジタル監視社会の台頭が、人々の「プライバシーの死」を一気に加速させるという問題である。各国政府は、熱検知監視カメラ(サーマルカメラ)、モバイル位置情報からのデータを使用して、パンデミックの影響を制御することに期待を寄せる。こうした監視技術は、世界中に設置されている監視カメラやその他の監視技術の使用に関する厳密な規則を、緊急に制定する必要性も明らかにしている。

ベルリンのプライバシー擁護市民団体では、かつて旧東ドイツの秘密警察として知られた国家保安局(シュタージ)による壮絶な監視社会の記憶を呼び起こし、現代のデジタル監視社会が「シュタージ2.0 」であるとするスローガンで、これらの動向に警告を発している。

9364363342_n.jpg旧東ドイツ市民の監視に使われた白いワゴン車。シュタージの捜査一課職員と警察官による「証拠確保」行動


シュタージの監視は、想像をはるかに超えるものだった。旧東ドイツ時代、市民が受け取る郵便物はすべて秘密裏に開封・検閲され、アパートの部屋も盗聴されていた。すべての市民の住居と住所は、写真とともに記録され、撮影技師が乗り込む白いワゴン車が頻繁に街を行き来していた。これが、現代のグーグル・ストリートビューで用いる3Dカメラ搭載自動車と重ねて見えてしまうのが、ベルリン市民の憂鬱である。

旧西ドイツへの亡命や反政府活動を取り締まるために、シュタージが目をつけた市民の行動や交友関係の追跡監視なども常態化していた。これらの監視を支えた当時の技術は、すべてアナログの手法だった。現代では、それらの技術は私たちのスマホの中に、そして居間にある音声応答機器やスマートTVに、街中を覆うデジタル監視カメラに変化した。

スマートフォン監視

現在、世界はあらゆる種類の監視技術、特にデジタル監視を可能にする技術を手に入れた。携帯電話がオンになっている時、約7秒ごとにpingが送信される。pingは、インターネットなどのネットワーク上で、特定のIPアドレスを持つ機器から応答があるかどうかを調べるためのプログラムである。それはモバイル・プロバイダーにユーザーの位置情報を提供する。

これにより、プロバイダーはユーザーの機器が正常に機能しているかだけでなく、ユーザーがどこにいるのかを知ることができる。つまり、すべてのユーザーは追跡されていることになる。その位置データは、セル・サイト位置情報(CSLI)と呼ばれ、詳細な位置追跡を可能にすることで、ユーザーの住まいや仕事をしている場所、そして誰と会っているかなどの詳細を追跡することができる。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ウニクレディトCEO、独首相にコメルツ銀買収の正当

ビジネス

米EVルーシッド、第2四半期納入台数が38%増 市

ワールド

焦点:困窮するキューバ、経済支援で中国がロシアに代

ビジネス

スターボード、トリップアドバイザー株9%超保有 株
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 3
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 7
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 8
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story